【金峰山から長野県方面を俯瞰する 写真撮影:馬場美沙氏】
森と建築を一緒に考える時に、川上から川中、川下にかけてポイントとなる仕事がいくつかあります。森林の育成と整備、素材生産、製材、そして加工と生産になるのですが、この加工と生産の要となるのが「プレカット」です。「プレカット」は、建物の骨組みの加工を予め工場の自動加工機で行うことです。
図-①(下図)は木造住宅のうちの「プレカット」の割合の推移を示しています。1989年(平成元年)には7%だったものが2018年には90%を超えている。この30年足らずの間にほとんどすべてと言っていい数の木造建築が「プレカット」へと移行しています。
今や「プレカット」なくして木造建築は成立しないのです。
プレカットは大工の仕事を奪ったか?
「プレカット」が普及する前は大工の手による「手刻み」でした。一本一本の柱や梁材を墨つぼと墨さしで差し金を使い「墨付け」をして、それにあわせて、鋸とノミなどを使い一箇所ずつ手加工していました。つまりプレカットの普及は大工の仕事を奪ったということもできるのですがはたしてどうでしょうか?(写真-1 プレカット前は大工の手刻みだった)
【写真① 大工の手で1丁ずつ丁寧に手刻みする】
図-②(下図)は大工の数の推移です。2000年から2015年にかけておよそ半分に減っていることがわかります。プレカットの普及と大工の数の減少の因果関係はどう捉えたら良いのでしょうか?大工が減ったからプレカットが普及したのでしょうか?プレカットの普及が大工の仕事を奪い大工が減ったのでしょうか?
一方で、大工の日当はいくらくらいか皆さんご存知でしょうか?地域によって賃金格差がかなりあるのが大工の世界なのですが、一番高いと思われる東京の1人前の大工で2022年現在2万5000円くらいになります。この金額には自分の車の維持費、ガソリン代、大工道具代、各種保険、全て含まれています。
月に20日働いたとして50万円ほどになります。12ヶ月で600万円の年収になりますが、経費を引けばいくら残るでしょうか?おまけに、身体が資本の仕事ということで、怪我をして仕事ができなくなっても誰も給料を保証してくれません。有給休暇もないのです。加えて言えば、2万5000円もらえる大工はほんの一握りしかいません。1万5000円前後が多いのではないでしょうか。日当が1万5000円だと経費込みの年収は300万円となるのです。
大工は一人前になるまでに飲み込みの早い者でも5年以上はかかります。日当1万円から始めて一人で何でもこなせるようになっても年収が経費込みで600万円というのはどうでしょう?
たとえば、企業に勤めて年収が600万でも、有給休暇があったり社会保障があったり、あるいは勤め上げれば退職金もあります。一般的に会社の経営としては社員に払う倍くらいの収益が必要とされますから、年収600万円の社員を雇うということは会社として1200万円の収益があることが前提となるのです。
会社社員と職人の社会的格差の大きさに唖然とします。
何を言いたいのかといいますと、大工に対する社会的な待遇があまりにも低いということなのです。大工のなり手が減っていくのも当然のことですね。戦後の日本はブルーカラーに対してホワイトカラーを優遇するような社会構造になっていたのです。その結果、ものづくりそのものが日本から失われてしまっているのです。
手刻みからプレカットへの移行はそうした社会的背景の落とした一つの影ではないでしょうか?ウッドショックも実は、日本で生産するよりも海外から買ったほうが良いという判断で、日本の森林や木材生産が疲弊してしまったことが根本にあるのではないでしょうか?
これは、日本のものづくりの実態が空洞化してしまっているということなのではないのでしょうか。
【写真② ものづくりを支えていた大工の棟梁】
大工の目利きが木材の品質を見極めていた
そして、大工の減少は木材産業にも大きな影を落としたのです。実は、木材の品質を管理していたのは大工の仕事だったからです。大工は材木を仕入れて、自分の倉庫で乾燥させながら、癖が少ないとかそろそろ乾いてきて安定しているとか一本一本の木材を見極めながら使っていたのです。木材活用を支えていたのは木材の品質を見定める目利きの大工だったと言ってもいいと思います。
その大工が減り、プレカットになっていく時に、誰が木材の品質を見るのか、大きな問題になるのです。
実は、プレカットは当初は集成材しか使えませんでした。それは、製材品(無垢材)では木材の弱点と言われている形態安定性が弱くて収縮や割れが起こったためでした。集成材は製材品(無垢材)に比べて形態安定性に優れているため、プレカットは集成材と決まっていたのです。
しかし、製材品の乾燥技術は著しく進みました。製材品も形態安定性に問題がなくなったのです。プレカット機械で加工することができるようになったのです。
プレカット普及率が上がった原因の一つに、製材品も使えるようになったという点は大きいと思います。
ここで、製材品と集成材についてここで考えてみましょう。
一般的に、集成材の丸太からの歩留まりが3割程度なのに比べて製材品の歩留まりは丸太の質にもよるが5割くらいになります。これは、製材機の鋸の歯が1回通るたびに5㍉以上の鋸代がおがくずになってしまうからです。それではもったいないですよね。森の恵みを有効に使うことを考えると、できるだけ製材品を使うことを考えていく必要があるのです。わたしが集成材よりもまずは製材品を使いたいと考えるのはそこに原因があるのです。
話が脱線してしまいました。しかし、ここで強調しておきたいのは、木材の品質の責任を誰がとるのか、ということです。大工が担っていた木材の品質を見極めた目利きの仕事を誰がやるのか?大工が減っているわけだから、大工が今までとっていた責任を誰かがとらなくてはならないのです。筆者が考えるのはやはり製材所の役割が大きいということです。そして、JASの格付けは必須のものと考えるのです。特に構造材でJAS機械等級区分製材はなくてはならないと考えています。
【写真③ JASの格付けは木材活用の要】
プレカットが大工の仕事を奪った、大工の仕事を取り戻さなくてはならない、と一方的にいうのは間違っていると思います。問題はそこではなく、木材の品質について誰が責任をとるのかにあるのです。木造建築に関わるものは、木材の品質についてよく理解し、製材品も視野に入れながらプレカットと付き合う事が必要なのだと思います。
プレカットの近未来は森と建築をつなぐ
ところで、プレカットに関する今後の課題について最後に触れておきましょう。
私が設計監理した「わらしべの里共同保育所」は埼玉県に建つ床面積約800㎡の保育園を中心とした児童福祉施設です。クライアントからの希望もあって、埼玉県産材をそれも製材品で使うことで設計をしました。
【写真④ わらしべの里共同保育所 撮影 畑拓】
保育園は待機児童対策の点から行政からの補助金がありますが、そのために業者選定については入札による方法が指定されました。入札への参加は7社になりました。
年度内の完成がもとめられるため木材調達で問題があってはなりません。事前に埼玉県の製材所と森林組合に調達可能性についてのヒアリングを行い調達可能性について裏付けをとっていました。
7社はそれぞれに図面をもとに見積もりをするのですが、木材費、数量や加工賃についてはプレカット工場に依頼することになります。
ここからが問題で、プレカット工場で加工機械を動かすために使うデータの規格がプレカット会社ごとに違い互換性がないのです。そのために、7社はそれぞれに取引のあるプレカット工場に図面を渡してプレカット用のCADデータの作成をすることになります。
しかし、よく考えてみればそこで取り使っている部材データはデジタルとしては同じものなのです。7社のうち仕事を受注できるのは1社だけですから、他の6社が作成したデータは全て無駄になってしまいます。住宅規模ではなく中大規模の木造建築となるとそのデータ入力の作業量は無視できないほど大きく計り知れません。それが無駄になるというのは理不尽以外の何物でないでしょう。
プレカットデータの統一規格がもしあれば、我々設計事務所が作成する実施設計の作業としてプレカットデータ化することが可能になります。入札時にそのデータを渡せば、木材使用量もすべて一括で伝えることができるのです。見積もりのムダもないし図面の読み間違いによる間違いもなくなります。(※ちなみに、CDXMAという統一規格を作る動きもあるが、まだまだ実用には至っていません。)
このプレカットデータの統一規格は入札などのときのムダを省くだけではありません。森と一緒に建築を考える時にとても大きな意味を持つのです。
統一規格のデータが有れば部材の寸法と数量が設計の段階ではっきりと分かります。そして、地域の森林資源データとその設計のデータを紐付けることができれば、その設計で使う木材の調達の難易度もわかるようになるのです。
さらに、山にある立木の状態のデータから紐付けることができれば、木材のストック、流通の合理化にもつながります。
プレカットデータの統一化と森林資源データの整備、そしてそれらのデータが紐付けられることにより、建築は森とつながることになるのです。