【谷川岳 西黒尾根より撮影、写真撮影:馬場美沙氏】
品質を表す標準語が必要
木造建築を作ろうと思ったときに、建築の設計をする者として大切に考えるのはその品質です。
木材の品質といった時に大きく2つあります。
ひとつは、「美しさという品質」です。節が少ない、木目が綺麗、色味が綺麗というような点から評価される木材の見た目の品質です。
もうひとつは強いとか変形しにくいといった「機能的な品質」です。
こうした木材の品質について今回は考えていきます。合わせて、その品質に関わる製材の大切さについてもふれていきます。
まずは木材の品質です。
木材というのは生物素材です。生き物ですからひとつとして同じものがありません。同じ木目も同じ色もない素材なのです。同様に強い木もあれば弱い木もある、縮みやすくて曲がりやすい木もあればあまり変形せずに落ち着いた木もある。そうした様々な個性的とも言える木材を建築に使っていくためには、評価の基準を共有していく必要があります。共有できていないと使いたい物が手に入らない、使いたい物と違う物が現場に届くという行き違いの発生リスクが高まります。それでは、木材は使いにくいものになってしまいますよね。
木材の品質を表す共通の言葉が必要なのです。
美しさという品質
見た目の話で言えば、町場の材木屋さんは、節のあるなしは「無地」「上小節」「並」というような言葉で、色味については「赤身」「白太」そして混合の「源平」という言葉で品質を表現します。しかしそれだけでは表現しきれず、時と場合により「赤みが強い」とか「ちょっと黄色が入ってる」などの表現を使います。もうそうなってくると標準的な基準ではなく、その材木屋さんの個人的な評価に近いものになります。
(写真-1 表記された材木)
設計者としては、その材木屋さんのとの付き合いが長く信頼関係があるならば、そこで表現されてる「いささか文学的」とも思える表現ですが共有できますし、取引は成り立つでしょう。今でもそうした感覚で取引を続けている材木屋さんも少なくありません。我々設計者も材木屋さんと仲良くなることで木材の品質を担保している。「あの材木屋さんが言うのだから間違いはない、、、」
しかし、いつでもその材木屋さんから買うわけにはいかない。他のところにいつもの感じで、「上小節」ならこのくらいかなと思って頼んだら、思った以上に節だらけだと、がっかりしちゃいます。その、逆もあるのでその時は嬉しかったりするのですが、がっかりする方は建主さんもがっかりさせてしまうのであんまり好ましくありません。
要は、木材の見た目については、どこに行っても通用する共通の言葉がないのです。
実は日本農林規格(JAS)には木材の見た目の表記が節の多い少ないに関して定義されています。それに従って取引すれば良いのですが、残念ながらその基準は普及しているとは言えません。
現実的には実際の材木屋さんがそれぞれ個別に定義している「上小節」などの定義の方がJASよりも厳しく綺麗な物になっているので大きな問題にはなっていませんが、せっかくの共通定義がないがしろにされているのは残念な感じです。
(表-1 吉野中央木材)
表は吉野中央木材さんがホームページで公開している言葉の使い方の定義です。赤字で書いたものがJASの定義です。同じ「上小節」でも全然違うことがよくわかると思います。
言葉の定義の共有が出来ていない事は木材の市場を狭くしていると思います。もっともっと木材を使って、山側に次の森を育てて欲しいのに、こんなところでつまずいていてはもったいないですよね。
機能的な品質
さて、次は機能的な品質です。
木材の機能的な品質としては「強さ」と「形態安定性」があります。
木材の強さ
建物を作る素材として強さが大切なのは当然ですね。木材の強さはヤング係数という数字で表示されます。E50とかE90で数字が大きい方が強くなります。木の強さは一本一本違いますから、この違いをグレーディングマシンで一本一本測定してヤング係数を出します。ヤング係数を知っておくことは建築を設計する上で欠かせません。特に非住宅と言われる施設を木造で設計する場合には必須です。
ところが、日本ではグレーディングされた木材の流通量は少ないのが現実です。グレーディングされた木材はJASの機械等級区分によりますが、機械等級区分の製材ができる工場は日本に90社ほどしかないのです。これでは、使いたいと思ってもなかなか使えない状況ですね。これから、木造建築が地球環境の点でも大いに期待されていると前回書きましたが、その期待の中でグレーディングされた木材の必要性をもっともっと訴えていかないといけないと考えています。
形態安定性
また、形態安定性ですが、これは乾燥と含水率の管理に尽きると思います。
木材は生物素材で、中にたくさんの水分を含んでいます。この水分が抜けて乾燥するプロセスで木材は縮んだり曲がったりするのです。ですから、建築で使う前にあらかじめ十分乾燥させておくことが大切です。木材の乾燥については含水率という評価基準があります。これは木材の完全に乾燥した時の重さに対してどのくらいの重さの水分が含まれているかという数字です。
(図-1 含水率の計算式)
杉の含水率は特に高くて大きいものは200%以上のものもあり、100〜%と振れ幅が大きいのも杉の特徴です。ヒノキは平均していて約100%前後。広葉樹も60%前後と大きな振れ幅はないです。その分、杉の乾燥はとても難しいものになっています。
木材の乾燥は、まずは自由水といわれる細胞と分子結合していない分が抜けていきます。自由水が完全に抜けた状態での含水率は樹種の違いはほぼなくて30%くらいです。ここから分子結合している水分が抜けていきますが、この結合水が抜けていく過程で木材は収縮と変形を起こします。
一般的には日本の気候の中で木材の中の水分はおおよそ15%で落ち着くと言われています。これを平衡含水率と言います。ですから、形態安定性を求めるのであれば、だいたい15%くらいまで乾燥させることが大切だと言われています。
(図-2 乾燥の過程)
先ほども書きましたが、ものによっては200%もある杉の含水率を15%まで落とすのです。これは大変なことです。また、これだけの水分を抜くわけですから強い変形も生じ割れたり裂けたりするものも出てくるわけです。
現在、木材の乾燥は製材所が手がけるケースがほとんどで、木材乾燥機を使って、製材所は試行錯誤をくりかえし安心して使える木材を提供しようと頑張っています。そうした試行錯誤により杉の乾燥技術はかなりの完成度になってきていると思います。
ところで、木材乾燥機など使う前でも、もちろん木材の乾燥は必要でした。それは誰がやっていたかというと製材所ではなく大工さんになります。
もともとは大工さんが木材の乾燥をやっていた
次回の話題でもあるプレカットが普及する前は、大工さんは何件か分の家が建てられる木材をあらかじめ仕入れていました。売っている材木は製材したてで水分を大量に含んでいるグリン材といわれるものだったので、使う前に、自分の倉庫の中で時間をかけて乾燥させる必要があったのです。乾燥させながら、素性が良くて癖がなく狂いが少ない木材かどうかを吟味して選別していました。
大工さんが木材を丁寧乾燥させたりしながら使うことで木材の個別性をうまく使いこなしていたのです。
木材の品質は木造建築普及のために最重要だと考えます。品質表示されることで木材の価値は上がり、丸太の価値も森の価値も上がっていくのです。
さて、こうした木材の品質をめぐる様々な問題をもとに、それを解決していこうと頑張っている製材所の役割についても最後に触れておきたいと思います。
製材所の役割
製材所は様々ですが、役割としては森の恵みである丸太の価値を高めることには変わりはありません。
価値を高めるには大きく2つの方法があると思います。
1つは生産効率を上げて一本の丸太をなるべく早い時間で製材することです。仕入れた丸太が製品となって出荷されるまでの時間を短くするのです。これにより相対的に生産コストは下がり、その分、丸太の価値を高めることになります。
もうひとつは木取りです。
見た目の綺麗な材になるかどうかは丸太をどこで切るかで決まってきます。丸太を良く吟味してから、慎重に鋸を入れて綺麗な木目が出そうなノコギリの位置を決めます。切ってみないとわからないのも丸太の価値ですが、ここでは経験値がものを言います。丸太を吟味する目、製材のノコギリをどこで入れるかの判断、そのひとつひとつが丸太の価値を高めることになります。
この大きな二つの考えで世の中の製材所は動いているといっても良いでしょう。効率を求めることも必要ですし、木材の美しさを最大限に引き出す時間をかけた製材とそのために必要な経験値も、どちらも必要です。どちらかに特化してやっている人が多いのですが、時には、そのどちらも両刀遣いでやっている人もいます。
例えば栃木県の二宮木材さんは、良質な八溝杉の丸太の価値を出来るだけ高めるために、丸太を太鼓に落とす時に慎重に鋸を入れて綺麗な板材をまずは取ることを心がけています。芯の方の角材は節が出ても良いが、節が出ると価値は下がるので、節の出にくい側の部分を付加価値の高いものとするわけです。こうした製材は効率性を考えるとブレーキを踏んでいることにしかならないのですが、良質な丸太の価値を最大限に上げるためには有効な手段なのです。
(写真-2 二宮木材)
木材の品質表示と製材が丸太の価値を高め、次の世代の山を育てていくことにつながっていくのです。