本連載の第3回から5回にかけては、「木材と五感」について紹介します。今回は、1)木材セラピーにおいて用いられる生理的評価法について紹介するとともに、2)嗅覚刺激がもたらす生理的リラックス効果について述べます。
(1)木材セラピーにおける生理的ストレス・リラックス状態評価法
人のストレスならびにリラックス状態を把握するためには、一般的には、1)自律神経活動、2)脳活動、3)内分泌活動、4)免疫活動が用いられます。木材セラピーにおいては、主として、1)心拍変動性を用いた交感神経活動・副交感神経活動と2)光を用いた近赤外分光法が用いられています。血圧や心拍数は、とても馴染んだ計測法ですが、交感神経活動と副交感神経活動が合わさった結果となります。一方、心拍変動性は、ストレス時に高まる交感神経活動とリラックス時に高まる副交感神経活動を分けて計測することができますので、その効果を解釈するに当たり、非常に有用な指標となります。さらに、脳活動も、以前は脳波計測が主流でしたが、光を用いた近赤外分光法が用いられるようになっています。センサーを両面テープにて前額部に貼り付けることで、簡便に脳の活動状態を毎秒計測できますので、人の状態評価に有用です。現状においては、主として脳前頭前野活動と交感神経活動・副交感神経活動の同時計測を実施することにより、その人の状態を計測するという本システムが、木材セラピー計測においては、最適であると考えています。計測風景を図1に示します。
図1. 計測風景
(2)木材の香りがもたらす生理的効果
1)ヒノキ材の香りでリラックス
自然由来の建材である木材に関しては、その使用に当たり変形を防止するため乾燥が必要となります。一般的には高熱による人工乾燥が用いられますが、高熱による木材成分の変質や低沸点部の消失等による「木材本来の香り」の劣化が生じます。そこで、本研究においては、天然乾燥により「木材本来の香り」が残った「天然乾燥ヒノキ材」を用いて、そのリラックス効果を調べました(引用1)。
女子大学生19名に、ヒノキ材を天然乾燥したチップの香りを「かすかに感じるにおい」から「弱いにおい」になるように調整し、90秒間、吸入してもらいました。
吸入時における右前頭前野活動の毎秒変化を図2に示します。吸入前に比べて、脳前頭前野の活動が鎮静化していることがわかりました。ヒノキ天然乾燥材の香りを嗅ぐことにより、前頭前野活動は鎮静化し、脳がリラックスすることが明らかとなりました。
図2. ヒノキ天然乾燥材の香りを嗅いだ時の右前頭前野活動の変化
(成人女性19名の平均値, 引用1を改変)
2)木材香り成分でもリラックス
代表的な植物由来成分であるα-ピネンはヒノキ、スギ等の針葉樹の主要成分でもあります。ここでは、この主要成分であるα-ピネンを単独で吸入した場合の影響を心拍変動性による自律神経活動を指標として調べました(引用2)。
女子大学生13名に協力してもらい、におい強度は、「弱いにおい」から「楽に感じるにおい」に調整して、90秒間、嗅いでもらいました。図3に示すように、リラックス時に高まる副交感神経活動が上昇し、体がリラックスすることがわかりました。アンケートにおいても、快適であると感じられていました。
図3. 木材香り成分α-ピネンを嗅いだ時の副交感神経活動の変化
(成人女性13名の平均値, 引用2を改変)
さらに、代表的な植物由来成分の一つであり、香水、化粧品の原料としても用いられるリモネンにおいても、α-ピネンと同様に生理的リラックス効果をもたらすことがわかりました(図4、引用3)。
図4. 木材香り成分リモネンを嗅いだ時の副交感神経活動の変化
(成人女性13名の平均値, 引用3を改変)
おわりに
28年前に初めて、木材の香りが、体に生理的リラックス状態をもたらすことを明らかにしました。そのときから、経験的に知っていた「木材でほっとするという感覚」を「サイエンスという枠組み内」で、生理指標を用いて明らかにする試みが始まりました。
現在、触覚、視覚を介した木材セラピーの快適性増進効果に関するデータが蓄積されつつありますが、まだまだ少ないのが現状です。今後、日本が中心となって、木材セラピー関連データを蓄積することが期待されています。
【引用文献】
1)H. Ikei et al., J. Wood Sci. 61, 537–540, 2015
2)H. Ikei et al., J. Wood Sci. 62, 568–572, 2016
3)D. Joung et al., Adv. Hortic. Sci. 28, 90–94, 2014
イラスト:佐藤智 ((株) 宮坂印刷)