第1回 「人と木材の関係」 | 造作材・注文材・無垢材なら昭和20年創業のクボデラ株式会社へ。
「木材と快適性」~科学的エビデンスに基づいて~ 「木材と快適性」~科学的エビデンスに基づいて~
宮崎良文グランドフェロー及び池井晴美特任助教と連携し、木材の素晴らしさを、より多くの人に知ってもらう活動を開始します
第1回 「人と木材の関係」

「木材と快適性」の6回シリーズにおいて、1)「人と木材の関係」と「快適性の考え方」を紹介し、2)「嗅覚」、「触覚」、「視覚」を介した木材のリラックス効果に関するエビデンスを示します。さらに、3)「実生活における木材の楽しみ方」について提言します。
第1回においては、「人と木材の関係」について、1)「人の体は自然対応用」、2)「人と木材」3)「木材セラピー研究の将来展望」という観点から記します。

(1)人の体は自然体応用

人は様々な自然に触れたときに、意識することなく、心地よさを感じ、リラックスします。不思議な現象ですが、誰も、その理由を自分の言葉で説明することはできません。なぜなら、現在の都市環境下において、ストレス状態になっている人の体が、自然と触れることによって、勝手にリラックスしてしまうからです。

我々は、人となって6~700万年が経過しますが(引用1)、仮に産業革命以降を都市化、人工化と仮定した場合、その期間は2~300年間に過ぎず、99.99%以上を自然環境下で過ごしてきたことになります。

人の体は自然対応用
図1 人の体は自然対応用

その間、進化という過程を経て、今の都市社会を生きる人間となりました。しかし、遺伝子は、数百年という短期間では変化できず、最短でも1万年程度は必要です(引用2)。我々は自然環境に適応した体を持って今の現代社会を生きている訳で、読者の皆さんを含め、気づきにくいのですが、全員がストレス状態にあるのです。

一方、最近の急激なコンピュータの普及はさらなるストレス状態の高まりを生み出しています。1984年に米国において、「テクノストレス」が造語され(引用3)、1982年には、日本で「森林浴」という言葉が作られました(引用4)。ここ30~40年で、第二期の人工化社会に移行したように思われます。このような現在のストレス社会において、我々の体が自然対応用に出来ているという長所を生かした自然セラピーの効果に期待と注目が集まっています。2016年6月には、皇太子殿下(現・天皇陛下)・同妃殿下(現・皇后陛下)に、自然セラピーに関する講演と質疑応答をさせて頂く幸運に恵まれました(引用5)。

木材セラピーの概念
図2 木材セラピーの概念

図2に、木材セラピーの概念を示します(引用6)。上述したように、今を生きる我々は、自然対応用の体を持っており、都市化された現代社会においては、ストレス状態にあるのです。そのような状況下において、木材等の自然由来の刺激に触れることにより、生理的リラックス状態がもたらされ、本来の「人としてのあるべき状態」に近づきます。木材との接触によって、生理的にリラックスし、ストレス状態において抑制されている免疫機能が改善するという「予防医学的効果」が木材セラピーの基本概念となります。その結果、「医療費削減」と「QOL改善」がもたらされます。宮崎による自然セラピーセオリーは、ニュージーランドの研究者であるM A. O’Grady and L Meineckeによって、Back-to-nature theory(自然回帰理論)と命名されています(引用7)。

(2)人と木材

上記したように人の体は自然対応用にできています。

一方、一口に「自然」といっても、多くの階層があります。代表的な大きな「自然」としては、森林があります。身近な都市空間における「自然」としては、「公園」でしょうか?それに対して、居住環境における「自然」の代表は「木材」です。さらに、小さな「自然」としては、「花き」があります。大きな「自然」ほど、大きなリラックス効果をもたらすことは知られていますが、利用頻度としては、かなり少なくなります。一方、木材は、日本人にとって特別な意味を持つと共に、世界においても、木造家屋、家具、美術品から小物に至るまで日常生活と深い関わりを持っています。しかし、これまでの木材セラピー研究においては、質問紙等の主観評価が中心となっており、生理的データの蓄積に関しては、極めて少ないのが現状でした。

木材セラピーに関する研究は、1992年の宮崎によるタイワンヒノキ材嗅覚論文に端を発しています(引用8)。2016年には、池井が、木材が人の生理面にもたらす影響に関する総説を提出しています(引用9)。2020年現在、木材セラピーにおいては55報の生理論文・総説が提出されていますが、内32報は我々の研究室から提出された論文です(引用8,10-20等)。さらに、興味深いことに、これらの木材セラピー論文は、ほとんどが日本発であり、木材が人の生理的リラックス効果にもたらす研究においては、日本が世界の原動力となっているのです。
これら木材セラピーに関するデータについては、本シリーズの3~5回目に紹介致します。

(3)木材セラピー研究の将来展望

木材を代表とする自然セラピー研究は、今、ストレス社会が問題となっている世界各国において関心が高まっていますが、データ蓄積が少ないのが現状です。不思議な感じがしますが、その理由は以下の通りです。

自然セラピー研究においては、木材や森林等の「自然」が「人」にもたらす効果が研究の中心となります。しかし、残念なことに、日本だけでなく、ヨーロッパ、アメリカを含めたどの国にも、「自然」と「人」を共に教育するシステムがないのです。森林、公園、木材、花等の「自然」を素材として研究する学問分野は存在しますが、その中心にいるはずの「人」に関する研究も教育も行われていないのです。医学部においては「人」の研究は行われていますが、木材等の「自然」を対象とした生理研究は行われていません。

今のストレス社会において、自然由来の刺激が人にもたらすストレス軽減、リラックス効果が世界中の関心を集めている中、その両方を視野に入れて研究を遂行する研究者を今の縦割りの研究・教育システムでは作り出せないのです。米国ハーバード大学Center for Health and Global Environment at the Harvard School of Public Healthのセンター長からも、フィンランド森林研究所所長からも、医学系との研究の融合に関する困難さについて相談を受けました。木材や森林等の「物」を中心に扱ってきた研究領域においては、「人」研究との融合が重要な課題となり、今は、その過渡期にあります。

これまで、木材セラピーによる「予防医学的効果」や「医療費削減効果」が話題となったことはありませんが、実質的に貢献してきたことは疑いようがありません。今後は、サイエンスという枠組の中で、エビデンスに基づいて、木材が持つ「予防医学的効果」と「医療費削減効果」を明らかにしていくことが求められています。

【引用文献】

1) M. Brunet et al., Nature 418, 141–151, 2002
2) Y. Ttan et al., PLoS Comput. Biol. 5, e1000491, 2009
3) C. Brod, Technostress, Addison Wesley: Boston, MA, USA, 1984
4) 朝日新聞, 林野庁が「森林浴」構想. 1982.7.29
5) 宮崎良文, 木材・森林と快適性. 東京原木協同組合: 東京, pp.44, 2017
6) C. Song et al., Int. J. Environ. Res. Public Health 13, 781, 2016
7) MA. O’Grady and L Meinecke, J. Societ. Cult. Res. 1, 1–25, 2015
8) 宮崎良文ら, 木材学会誌 38, 909-913, 1992
9) H. Ikei et al., J. Wood Sci. 63, 1–23, 2017
10) Y. Tsunetsugu et al., J. Physiol. Anthropol. 21, 297–300, 2002
11) S, Sueyoshi et al., J. Wood Sci. 50, 494–497, 2004
12) Y. Tsunetsugu et al., Build. Environ. 40, 1341–1346, 2005
13) S. Sakuragawa et al., J. Wood Sci. 54, 107–113, 2008
14) D. Joung et al., Adv. Hortic. Sci. 28, 90–94, 2014
15) H. Ikei et al., J. Physiol. Anthropol. 34, 44, 2015
16) H. Ikei et al., J. Wood Sci. 62, 568–572, 2016
17) H. Ikei et al., Int. J. Environ. Res. Public Health 14, 773, 2017
18) H. Ikei et al., Int. J. Environ. Res. Public Health 15, 2135, 2018
19) M. Nakamura et al., J. Wood Sci. 65, 55, 2019
20) H. Ikei et al., J. Wood Sci. 66, 29, 2020

イラスト:佐藤 智(㈱宮坂印刷)

両博士の履歴

宮崎良文(みやざき よしふみ)
  • 1954年生まれ。医学博士(東京医科歯科大学)
  • 2019年 千葉大学グランドフェロー
  • 2007年 千葉大学教授
  • 1988年 森林総合研究所研究員・チーム長
  • 1979年 東京医科歯科大学医学部助手
  • 1979年 東京農工大学修士課程修了
  • 2007年 日本生理人類学会賞受賞
  • 2000年 農林水産大臣賞受賞
池井晴美(いけい はるみ)
  • 1990年生まれ。博士(農学)
  • 2019年 千葉大学特任助教
  • 2018年 森林総合研究所研究員
  • 2018年 千葉大学大学院博士後期課程修了
  • 2019年 日本木材学会奨励賞受賞
  • 2018年 千葉大学学長表彰受賞

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