第4回 「木材と触覚」 | 造作材・注文材・無垢材なら昭和20年創業のクボデラ株式会社へ。
「木材と快適性」~科学的エビデンスに基づいて~ 「木材と快適性」~科学的エビデンスに基づいて~
宮崎良文グランドフェロー及び池井晴美特任助教と連携し、木材の素晴らしさを、より多くの人に知ってもらう活動を開始します
第4回 「木材と触覚」

木材が人にもたらすリラックス効果は、これまで経験的に知られています。2019年に内閣府が実施した森林と生活に関する世論調査(引用1)では、回答者の約9割が「建物や製品に木材を利用すべき」と回答し、その理由として「触れた時にぬくもりを感じる」、「気持ちが落ち着く」等、木材がもたらす快適性増進効果に関する意見を挙げています。しかし、木材が人の生体(生理応答)に及ぼす影響に関する科学的知見は、限られているのが現状です。

今回は、(1)木材が生理応答に及ぼす影響に関する研究の現状についてご紹介するとともに、(2)その触覚刺激が人の生理応答にもたらすリラックス効果について、最新の研究成果を示します。

(1)生理応答研究の現状

皆さんは、木材が人の生理応答に及ぼす影響に関する研究は、どの国が一番進んでいるのかご存じですか?実は、この研究分野の一番の先進国は、日本です。

2015年に、学術論文のデータベースを用いて、木材が生理応答に及ぼす影響に関するこれまでの研究(先行研究)を調査した結果、査読者という匿名の研究者によって審査を受けた学術論文は33報あり、その全てが日本の研究チームによる報告であることがわかりました(引用2)。なお、2020年に再調査したところ、中国や台湾の研究チームが日本の研究を参考に取り組み始めているようですが、依然として日本の研究チームによる報告数がトップでした。手前味噌ですが、私たちの研究チームによる報告は、全体の6割を占めています。

収集した先行研究を五感刺激別に整理すると、におい(嗅覚)に関する研究が15報と最も多く、反対に、手や足で触る(触覚)研究は2報と極めて少ないことがわかりました。そこで、私たちは、木材の触覚刺激が人の脳活動と自律神経活動にもたらすリラックス効果を科学的に明らかにするため、20歳代の女子大学生に協力いただき、一連の研究を実施しました。得られた最新の研究成果について、紹介いたします。

(2)触覚刺激

1)手で触ったときのリラックス効果

はじめに、木材と他の建築素材の違いについて調べました(引用3)。木材は、30cm平方の無塗装のホワイトオーク材とし、その他の素材として、大理石、タイル、ならびにステンレスを用意しました(図1)。


図1. 使用した木材と他の建築材料(引用3)

生理応答の指標は、近赤外分光法による左右前頭前野活動と心拍変動性による副交感・交感神経活動を用いました。女子大学生18名(平均年齢:21.7歳)に、目を閉じた状態で、各種素材に手で90秒間触ってもらいました(図2)。


図2. 手で触る実験の様子(引用3)

その結果、木材に手で触ることによって、左右前頭前野活動が低下し(図3)、副交感神経活動が上昇しました(図4)。つまり、木材を手で触ることは、高すぎる脳活動を鎮静化させ、リラックス時に高まる副交感神経活動を亢進させるという生理的リラックス効果をもたらすことが明らかになりました。日本の代表的な針葉樹材であるヒノキ(引用4)とスギ(引用5)についても、大理石と比べてみたところ、ホワイトオークと同様に、脳も体もリラックスすることがわかりました。


図3. 木材に手で触れた時の左前頭前野活動の変化: 他素材との違い(引用3を改変)

図4. 木材に手で触れた時の副交感神経活動の変化: 他素材との違い(引用3を改変)

次に、無垢材と塗装材の違いについて調べました(引用6)。木材は、先ほどと同じくホワイトオーク材とし、塗装を施さない無垢材、オイル塗装材、ガラス塗装材、ウレタン塗装材、ウレタン塗装厚塗材の6種類を用意しました(図5)。


図5. 使用した無垢材と各種塗装材(引用6)

女子大学生18名(21.7歳)に各種木材を手で触ってもらったところ、無垢材に触れることによって、左右前頭前野活動は低下し(図6)、副交感神経活動は上昇しました(図7)。心拍数も、無垢材に触れることで、低下しました。無垢材は、各種塗装木材に比べて、リラックス効果をもたらすことが明らかとなりました。


図6. 無垢材に手で触れた時の左前頭前野活動の変化: 塗装材との違い(引用6を改変)

図7. 無垢材に手で触れた時の副交感神経活動の変化: 塗装材との違い(引用6を改変)

2)足で触ったときのリラックス効果

日本においては、室内では靴を脱いで生活することが一般的であるため、木材に素足で触ったときのリラックス効果についても調べました(引用7)。女子大学生19名(21.2歳)に協力してもらい、目を閉じた状態で、素材を上に移動させ、60cm平方の無塗装ヒノキ材と大理石に90秒間触ってもらいました(図8)。


図8. 足で触る実験の様子(引用7)

その結果、木材に足裏で触ることによって、左右前頭前野活動は低下し、副交感神経活動は上昇しました。さらに、交感神経活動は低下しました(図9)。つまり、ヒノキ材に素足で触ることは、高すぎる脳活動を鎮静化させ、リラックス時に高まる副交感神経活動を亢進させるとともに、ストレス時に高まる交感神経活動を抑制することが明らかになりました。同様に、スギ(引用8)についても、大理石と比べてみたところ、脳も体もリラックスすることがわかりました。


図9. 木材に足で触れた時の交感神経活動の変化(引用7を改変)

(3)おわりに

木材は、日常生活における身近な自然素材です。住宅の内装仕上げ材やテーブル等の家具としてはもちろん、食器類や子供用のおもちゃ等、幅広く活用されています。今回ご紹介したように、木材に手や足で触れることは、私たちを生理的にリラックスさせ、快適さをもたらすことが明らかになりつつあります。木材に触れて「ほっ」とした感じを覚えたとき、脳も体もリラックスしていると考えられます。私は、木製のスマートフォンケースを使用しています。手に馴染む触り心地が気に入っていて、ここ1年間ほど買い替えずに同じものをつかっています。皆さんも、ぜひ好きな木製品を見つけて、その生理的リラックス効果を実感してみてください。

【引用文献】

1)内閣府, 森林と生活に関する世論調査. 2019.11.29
2)H. Ikei et al., J. Wood Sci. 63, 1–23, 2017
3)H. Ikei et al., Int. J. Environ. Res. Public Health 14, 801, 2017
4)H. Ikei et al., J. Wood Sci. 64, 226–236, 2018
5)H. Ikei et al., J. Wood Sci. 65, 48, 2019
6)H. Ikei et al., Int. J. Environ. Res. Public Health 14, 773, 2017
7)H. Ikei et al., Int. J. Environ. Res. Public Health 15, 2135, 2018
8)H. Ikei et al., J. Wood Sci. 66, 29, 2020

イラスト:佐藤智 ((株) 宮坂印刷)

両博士の履歴

宮崎良文(みやざき よしふみ)
  • 1954年生まれ。医学博士(東京医科歯科大学)
  • 2019年 千葉大学グランドフェロー
  • 2007年 千葉大学教授
  • 1988年 森林総合研究所研究員・チーム長
  • 1979年 東京医科歯科大学医学部助手
  • 1979年 東京農工大学修士課程修了
  • 2007年 日本生理人類学会賞受賞
  • 2000年 農林水産大臣賞受賞
池井晴美(いけい はるみ)
  • 1990年生まれ。博士(農学)
  • 2019年 千葉大学特任助教
  • 2018年 森林総合研究所研究員
  • 2018年 千葉大学大学院博士後期課程修了
  • 2019年 日本木材学会奨励賞受賞
  • 2018年 千葉大学学長表彰受賞

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