千葉大学の宮崎良文名誉教授がNHKラジオ深夜便に登場しました
千葉大学環境健康フィールド科学センターの宮崎良文千葉大学名誉教授のインタビューが22年7月26日、NHKラジオ深夜便の「心に花を咲かせて」で放送されました。
宮崎先生には当社が推進しているアカデミアとの協業活動で、池井晴美先生(千葉大学環境健康フィールド科学センター特任助教)と「木材と快適性~科学的エビデンスに基づいて~」を6回にわたり執筆していただきました(下記URL参照)。
http://kubodera-zousaku.com/column/
木材業界はこれまで情緒的に木材は素晴らしいと考えてきましたが、その曖昧さに対し、科学的知見に基づいて解き明かしていただきました。宮崎先生は今年度、千葉大学名誉教授になられましたが、現在も一貫して科学的エビデンスに基づいた研究に取り組んでおられます。
インタビューでは「今、木材セラピー研究に関して、私が考えていることや今後の展望をお話ししました」(宮崎先生)とのことです。「心に花を咲かせて」~木の価値を科学的に検証~をご紹介いたします。
☆ ☆
(アナウンサー)緑の中にいるとなぜ気持ちいいのか、そんな疑問からその理由を科学的に突き止めようと研究されているのが宮崎良文さんです。森林セラピーと呼ばれる自然界の森林が人に与える影響から始まり、木という素材はどうなのかなど研究範囲は広がっているといいます。科学的に検証とはどういう事なのでしょうか、何故その研究を始めたのでしょうか、そしていまどこまで判ってきているのでしょうか、世界にこの研究は進んでいるのでしょうか、この研究の先にどんな未来が見えるのでしょうか、宮崎良文さんにお話を伺いました。
(以下、アナウンサーによる質問は省略)
(宮崎先生)脳の活動とか、身体の活動は生理的変化があるので、それを評価しようということです。木が良さそうだということは皆さん経験的に知っています。アンケートの結果もあります。しかし、身体がどうなったかというデータがなかったのです。自然に触れると身体が鎮静化しリラックスします。脳の活動、自律神経活動における交感神経活動、副交感神経活動を分けて測るのです。唾液のストレスホルモン、コルチゾールも測ります。それらを組み合わせて身体がリラックスしていると解釈するのです。この進歩は最近のことで、30年前ぐらいから急速に進歩してここ15年ぐらい非常に精度がよくなりました。
脳の活動も、脳波ではなく、近赤外分光法が用いられます。頭の中に弱い近赤外光を当てて戻って来る光を測定します。赤っぽい光を入れると、脳内に流れている血液によって、吸収され、戻って来る光が弱くなります。入れる光と戻ってきた光を計測することによって血液の濃度を測ることができます。
血液の濃度が高いということは、そこに酸素を供給しているということですので、脳が活動しているということです。我々は、脳前頭前野、額の部分の計測をしていますが、わくわくするときには、活性化しますし、リラックスしているときは鎮静化します。我々の研究から、自然に触れると鎮静化することが明らかになってきました。
産業革命を都市化と仮定した場合、200~300年では人の遺伝子は変化できません。ずっと昔の身体をもって、今の都市化された社会で生活しているため、摩擦が生じて、ストレス状態が生じるのです。自然に触れると、人は、勝手にリラックスしてしまうのです。身体が反応するのです。前頭前野の活動が緩やかになり、リラックスした時に高まる副交感神経活動は上がり、ストレス時に高まる交感神経活動は下がります。一連の変化を測定してリラックスをしているという評価をするのです。
大きい自然として森林、中程度の自然として公園、大型の木造家屋、小さい自然としてガーデニング、生け花、花、もっと小さい自然として精油等があります。これらの自然を対象とした実験は、フィールド実験と室内実験に分けられますが、自然セラピーの解明は、両面か行う必要があります。
手前味噌ですが、この分野のデータとしては、我々の研究室が世界で最も多くのデータを出しています。森林セラピーにおいては14年間にわたり、2005年から全国63か所、756名のデータを取るという大型研究をしました。公園、木材、花、木の香りなども手掛けています。
鎮静化するという効果の方向は一緒なのですが、変化の大きさが違います。森に行くと効果は大きいことが分かっています。
一方、気を付けないといけないことは、森が嫌いな人はリラックスしないということです。例えば、スギ花粉症の方は、リラックスしないでしょう。薔薇の香りの実験では、ほとんどの人が好きと回答しますが、嫌いな人もいて、嫌いな人はリラックスしません。
鎮静化といっていますが、「本来の人としてのあるべき状態に戻る」という考え方で、それが鎮静化という形で表れてきます。快適性研究は、昔は暑いか寒いかでした。適正な温度で快適になる。私は、これを「受動的快適性」と呼んでいます。一方、五感に関わる快適性は、「能動的快適性」で、個人差が大きいのが特徴です。
この個人差という実態を明らかにすることが今、望まれています。個人差へのアプローチ法は、現状、まだ、ないのですが、将来的には必要になってきます。平均値から個人へという考え方です。
新木場に8階建ての木材会館があり、木をふんだんに使っています。そこでの実験を2022年から始めています。木の壁と白い壁を見た時の差、木の机と白い事務机の触った時の差、木の大ホールなどがもたらすリラックス効果を4年計画で解明します。この春に実施した見る、触る実験では仮説通りの結果が出ています。
最近は、木材セラピー研究に海外勢も参入してきていますが、日本の分析技術、システム、機器は世界一で、近赤外分光法が一番進んでいるのも日本です。このような機器類を使用することにより、木材セラピー研究が飛躍的に進みました。
車椅子を使っている人に協力してもらって、森林浴を模した盆栽を見てもらいました。車椅子の方、リハビリ病院の方は健常者よりも大きくリラックスします。東京のうつ専門病院の患者さんに協力してもらった実験においても、大きくリラックスしました。健常者の10数%の変化に対して、脊髄損傷の方は98%(約2倍)の変化を示しました。元々の状態が低下しているため、大きな変化となるのです。
「予防医学的効果」がキーワードです。病気を治すことはできないが、病気になりにくい身体をつくることはできるのです。今はそれを目指しています。脳が鎮静化して本来の人としてのあるべき状態に戻る。ストレス状態からリラックス状態になり、低下している免疫機能が改善する。そうすると病気になりにくくなる。今それを目指しています。最終目的は医療費の削減です。サイエンスに基づいた予防医学的効果を形にできるのではないかと思っています。
子供のころから自然が好きでした。父親が植物を好きで、庭に植物を植えるのを手伝ったりしていました。高校の時に何となく研究者になれたらいいなあと思っていましたが、学力は、そのようなレベルではありませんでした。
高校では、1学年で400~500人程度の生徒がいて、運動は盛んだったのですが、国立大学に入学するのが、1学年で一人いるかいないかという偏差値の低い高校でした。一浪して、何とか大学に入りましたが、成績が悪く、就職活動もせず、修士課程に行くことにしました。修士課程でも就職活動をせず、困っていたのですが、突然、東京医科歯科大学医学部の先生が来られて、訳も分からず医学部助手(助教)になることが決まりました。その後、9年間、丁稚奉公し、何とか医学博士号を頂きました。そのときの上司が、研究面で優れた方で、この時代に、研究法や論文の書き方を学ぶという幸運に恵まれました。その後、森林総合研究所に採用して頂き、森林と木材の研究をはじめました。
この過程において、「偏差値力」と「研究力」は無関係であるということが分かりました。私の「偏差値力」は低いのですが、「全体像の把握」が重要視される「研究力」を少し持ち合わせていたようです。私は、千葉大学を二度、受験し、二度とも落ちており、学生にはなれませんでしたが、教授になりました。「偏差値力」と「研究力」の関係を示しているように思います。
日本でも世界でも学問分野は縦割りとなっており、互いの交流がありません。共同研究が進まない大きな要因なのです。共同研究で一番大事なのは人ですが、人脈を作ることができないという問題があります。私の場合、自然セラピー研究を進めるに当たって、医学部にいたことが生きました。
今年から4年間の共同研究を発達障がい児施設と実施しますが、発達障がいの子供たちに対して、自然を上手に使うことにより、生活の質(QOL)をあげることが出来たらいいなと思います。横浜にあるギャンブル依存症の病院とも共同研究をしています。脊髄損傷車椅子使用者など、強いストレス状態の方々にも、自然セラピーを上手に使っていただきたいと思っています。そのためにはエビデンス(根拠)と実践を両輪として動かす必要があります。
自然は、生体調整効果を持っています。森林で歩くと、血圧が下がる人もいるのですが、上がる人もいるのです。よく調べてみると、もともと血圧が高い人は下がって、血圧の低い人が上がる。人としての適正なレベルに近づくことが分かり、それを生体調整効果と名付けました。同じ実験を都市歩行でも実施しましたが、効果はありませんでした。このような生体調整効果が自然セラピーの大きなメリットだと思っています。花を見るだけでも同じような効果があり、現在、論文作成中です。
中国が今、森林浴に力を入れています。アメリカ、ヨーロッパでも森林セラピー実験がブームになり、「Shinrin-yoku」と言う日本語が公用語になっています。
今後も、森林、木材を含めた自然セラピー研究を進め、一つの学問領域として確立したいと思っています。