第2回 「快適性の考え方」 | 造作材・注文材・無垢材なら昭和20年創業のクボデラ株式会社へ。
「木材と快適性」~科学的エビデンスに基づいて~ 「木材と快適性」~科学的エビデンスに基づいて~
宮崎良文グランドフェロー及び池井晴美特任助教と連携し、木材の素晴らしさを、より多くの人に知ってもらう活動を開始します
第2回 「快適性の考え方」

第2回においては、「快適性の考え方」について、1)「快適性の定義」、2)「受動的快適性と能動的快適性」、3)「木材セラピーと能動的快適性」という観点から紹介します。

(1)快適性の定義

「快適」「快適性」という言葉は、日常的にも、サイエンスにおいても、良く使用されますが、未だ、確定した定義はないのが現状です。

結論から申し上げると、我々は、快適性とは、「人と環境間のリズムがシンクロナイズした状態である」と考えています。日常的に私たちは、ある環境下にいるとき、その環境と自分のリズムが一体化し、シンクロナイズしていると感じた時に快適な感じを持ちます。どなたでも経験したことがあると思います。私も講演時や授業をしているときに感じます。講演時に聴衆の方々が、相づちを打ちながら、関心をもって聞いて下さると話が弾みます。映画、コンサート等でも同様だと思います。人がその場の環境と一体化、シンクロナイズしているか否かという観点から、快適性を論じることができると考えています。当然、対象となる環境は、人はもちろんのこと、動物、植物ならびに絵画や音楽等の無生物も含みます。もし、皆さんが、今、リズム感を持って読んで下さっているとしたら、本原稿との間にシンクロナイズした状態が生み出されており、快適感が生じていると思われます。

第1回で紹介したように、人の体は自然体応用にできていますので、代表的な自然である木材と触れることにより、「勝手に」シンクロナイズし、快適になってしまうのです。

(2)受動的快適性と能動的快適性

上記したように、「快適性」に関する確定した定義はありませんが、「快適性の種類」に関しては、コンセンサスが得られています。

乾正雄(引用1)は、快適性を2つに分け、「消極的快適性」「積極的快適性」と命名しました。私は、乾の考え方を基本として、「受動的快適性」と「能動的快適性」に分け、表1に示すように整理しています(引用2)。

「受動的快適性」は、安全を含む欠乏欲求であり、不快の除去を目的としています。個人の考え方や感じ方が入ることがなく合意が得られやすいのが、特徴で、そのほとんどは、「暑い・寒い」を対象とした温熱研究です。夏の炎天下、大汗をかいた状態で、涼しい喫茶店に入ると全員が快適になります。一方、「能動的快適性」は、プラスαの獲得を目的とする快適性で、大きな個人差を生じます。五感を介した研究となり、その生理計測は1990年代前半から始まりましたが、個人差が大きいため、参入する研究者が極めて少なく、まだまだ、データの蓄積は不十分です。


図1 「受動的快適性」と「能動的快適性」

人が本来求めている快適性は「能動的快適性」です。木材セラピーを含めた自然セラピーも「能動的快適性」に含まれます。もちろん、「受動的快適性」は基本的に保証される必要がありますが、現代社会において求められているのは、「能動的快適性」なのです。

(3)木材セラピーと能動的快適性

本シリーズで対象とする「快適性」も「能動的快適性」となります。

3回目から5回目にかけて、木材の嗅覚、触覚、視覚刺激がもたらす能動的快適性に関わる研究データを紹介します。人は、木材との接触により、人工・都市環境下におけるストレス状態から「本来の人としてのあるべき姿」に近づき、生理的にリラックスします。加えて、自分の好みと生理的なリラックス状態が相関することも分かってきました。現代のストレス社会においては、自分の好みを大切にしながら、「能動的快適性」を求めることが「生活の質(QOL)」の向上に繋がります。

最近、本件に関連して米国のジャーナリストから取材があったので紹介します。この方は、2022年春に米国の大手出版社から、自然と人に関する書籍を出版するために、取材を続けているそうで、9月中旬に電子メールが送られてきました。

多くの質問があったのですが、その一つが、「森林浴に適する森林の条件」は何かとのことでした。私は、まず、「受動的快適性」を担保するために「危険な森」や「荒れた森」は避けることが前提であることを述べました。次に森林や木材を含む「自然セラピー」は「能動的快適性」に含まれ、プラスαの獲得を目的とするので、自分の好きな森を選ぶことが重要であることをお話ししました。

さらに、興味深かったのは、「森林浴」は世界中の人達が関心を持っているのに研究が進まないのは何故かとの質問でした。これは、「自然セラピー」研究における根本的な問題を指摘しています。私は、「森林セラピー」や「木材セラピー」等の「自然セラピー」において研究が進まないのは、「学問の縦割」が原因であると考えています。この「縦割」の弊害は世界共通で、森林学、木材学、園芸学等の研究者は、森林や木材や花等の研究は実施しますが、最も重要な人への影響については行いません。そもそも、自然と人の相互作用に関する「教育」もされていないというのが現状なのです。それ故に、「自然セラピー」という学問体系は、まだ確立されていないのですが、日本から最も多くのデータや概念が発信されています。

人の体は自然体応用にできており、木材は、人の体と遺伝子レベルで相性の良い素材なのです。その木材が持つ「能動的快適性」を科学的エビデンスに基づいて明らかにすることにより、「木材セラピー」という学問分野を確立したいと考えています。

【引用文献】

1)乾正雄, やわらかい環境論: 街と建物と人びと. 海鳴社, 1988
2)宮崎良文, Shinrin-Yoku(森林浴): 心と体を癒す自然セラピー. 創元社, 2018

イラスト:佐藤智 ((株) 宮坂印刷)

両博士の履歴

宮崎良文(みやざき よしふみ)
  • 1954年生まれ。医学博士(東京医科歯科大学)
  • 2019年 千葉大学グランドフェロー
  • 2007年 千葉大学教授
  • 1988年 森林総合研究所研究員・チーム長
  • 1979年 東京医科歯科大学医学部助手
  • 1979年 東京農工大学修士課程修了
  • 2007年 日本生理人類学会賞受賞
  • 2000年 農林水産大臣賞受賞
池井晴美(いけい はるみ)
  • 1990年生まれ。博士(農学)
  • 2019年 千葉大学特任助教
  • 2018年 森林総合研究所研究員
  • 2018年 千葉大学大学院博士後期課程修了
  • 2019年 日本木材学会奨励賞受賞
  • 2018年 千葉大学学長表彰受賞

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