はじめに
東京銘木協同組合(東京都、中谷佑介理事長)は1月に開催された臨時総会で、同協組が運営する東京銘木市場の市売事業終了を議決し、この議決に基づき2月3日の役員会で、23年12月14日に開催予定の歳末特別市を最後の市売とすることを決定しました。その後、24年3月末までを商品の撤収、残務整理の期間とします。
ピークからは大幅に減少したとはいえ、同協組には今も多数の組合員がいます。同協組は、市売は、自社の銘木を出展し販売してもらう事業者、定期的に出展される銘木を吟味し買い付ける事業者で成り立っているわけですから、今更な荷を言うんだといわれそうですが、市売事業が閉鎖されれば銘木を出展する場所がなくなる事業者が多数出てくるであろうし、閉鎖後どこで銘木を調達したらよいかという問題に直面する事業者が必ず出てきます。
中には市売り閉鎖を悲観して手持ちを安値換金する動きも出るでしょう。換金処分をじっと待っている事業者もいます。12月末で市売り事業が閉鎖されることから、違った意味で活況を呈するかもしれません。
銘木の歴史と現在
東京銘木協同組合は深川の地で1947年設立、同年9月から市売りを開始しました。76年には木材事業者の新木場移転に伴い、新木場に3700坪の用地を取得、原木・製品倉庫を建設しここで市売りを開催してきました。首都圏の主だった銘木販売店が同協組に参画し、最盛期には55億円近い売上高でしたが、直近では2億円を割り込むところまで減少しており、これ以上の市売り事業運営は困難との判断がなされたものと考えられます。銘木販売店の多くは小規模事業者で、経営者の高齢化が進み事業継続が困難になるケースも少なくありません。
銘木を必要とする需要も著しく減少しています。茶屋建築、数寄屋建築といった伝統的な和風建築が減少し、住宅の多くは真壁から大壁に変わり、内装洋風化の波が押し寄せ床の間がある畳部屋がなくなり、銘木を使用する機会が少なくなっています。銘木の大口需要家である社寺建築の低迷も大きく影響していると考えられます。
戦後もバブル期まで銘木・高級木材は活発に取引され、1989年度の全国銘木市場(いちば)の合計取引額は407億円が計上されています。しかしながら市場数の減少も影響して2020年度には30億円まで減少してしまいました。
銘木店が出てきたのは明治期以降といわれ、唐木屋、白木屋と呼ばれた記録も残っているようです。ただ、銘木とは言わないまでも、「わび・さび文化」に象徴されるように、日本の木造伝統的建築の歴史をみれば、社寺をはじめ、茶屋建築・数寄屋建築技法を用いた高級宿泊施設や高級飲食店舗などで使用される木材はまさに銘木の歴史と言えます。
畳敷きの和室を基本に、床の間から始まって化粧柱、敷鴨居、廻縁、玄関や階段回り、各種建具などにも今日の銘木が随所に使用され、家具や日用雑貨にも同じことが当てはまりました。由緒ある木材を使い、高名な大工職人に普請してもらう、今もそうですが大いに施主を満足させることでした。銘木産業が最も活況を帯びたのは1980年台後半のバブル景気だったと思います。当時の商いについては、今の人から見れば都市伝説のような豪快な話を業界の長老から聞いたことがあります。
銘木・高樹齢供給は減少の一途
供給面でも銘木は危機に直面しています。世界的な高樹齢大径木資源の枯渇、さらに絶滅種、絶滅危惧種の保護を目的としたワシントン条約等での厳しい貿易規制です。世界的には銘木と言っても通じませんから、希少木材といった方が良いかもしれません。今も頑張って銘木、高級木材を取り扱っている関係者は今後の原材料調達を懸念し、入手機会があれば積極的に手当てに動きます。
国産材の代表的な天然林高樹齢大径木産地であった秋田(杉)、青森(ヒバ)、魚梁瀬(杉)、屋久島(杉)、木曽(桧)、屋久杉(杉)などの官材国有林は、素材生産停止を含め、既に大半の供給が途絶えています。北海道産広葉樹も大径木資源の枯渇で優良材の出品は非常に少なくなっています。
天然林高樹齢大径木出材の情報は、驚くべき速さで関係者間に伝わり、出展場所に顔なじみが参集します。また、どこかの社寺でかねて目を付けていた高樹齢大径木の危険木伐倒情報を聞くや、その道のプロが湧いてきます。
持続可能な森林経営や木材取引の合法性に対する真摯な取り組みが求められる時代を迎え、違法伐採や不法取引を締め出す動きが強化されています。特に熱帯産希少樹種は、絶滅の危機に瀕しているものも多数あり、これらを保護し貿易等を規制するワシントン条約では、改訂ごとに規制対象樹種が増えており、インディアンローズウッドをはじめとしたすべてのローズウッド、ブビンガ、メランティなど多くの樹種がワシントン条約で貿易規制対象となっています。
樹齢数千年の高樹齢木も生育していた台湾の天然林である台桧、紅桧などは長年にわたり、主要な高級木造建築資材として丸太、製材が大量に輸入され、高樹齢大径木選木は高名な社寺用材として供せられてきました。しかしながら、台湾政府は数十年前から天然林資源の枯渇を背景に、台桧等の伐採、販売を禁止し現在に至っています。
希少木材としての新たな評価
銘木・高級木材の原材料となる素材は世界的に枯渇しています。今後、供給量が増加することはありません。そうしたことを理解している海外の買い手、特に中国を筆頭とするアジア勢は日本の銘木・高級木材流通在庫に注目し、各地の銘木市場に出向き積極的に買い付けています。
希少樹種に対する評価は世界的にも高まりを見せており、イタリア高級家具のトップブランドが、ムクの高級木材に洗練された意匠を付与した新作を紹介、欧州の新たなトレンドとして動き始めているとの指摘もあります。
海外勢はその樹種の希少性と意匠を評価して買い付けています。この感覚は、優れた美術品を高く評価するのと似ており、今後、天然木高樹齢大径木資源がますます枯渇することと連動して、海外向けは銘木・高級木材の有望な市場に成長すると考えられます。