ロシアによるウクライナ侵攻は世界に衝撃を与え、多くの国々からロシアに対する強い非難が集中しています。ここではロシアのウクライナ侵攻に伴う世界の木材需給に今後、どのような影響が出てくるのか考えたいと思います。
ロシアは世界の約2割の森林を有し、世界最大の林産国の一つです。製材、木質ボード、製紙原材料、紙製品が国内需要だけでなく世界各国に輸出されています。ロシアは森林の年間許容伐採量に対し、実際の伐採が3割程度にとどまり、天然更新ですが森林蓄積量も年々増加しています。
今日でこそ、ロシア最大の林産物貿易国は中国で、輸出額の約4割を占めるといわれていますが、日本も戦後、ソ連邦時代から最も重要な林産物輸入相手国として、緊密な貿易関係にありました。特に「インニッサン」と呼ばれるロシア材針葉樹KD30×40㍉等のタルキ材は今でも木造住宅建築で欠かせない部材です。
また、ロシア産カラ松丸太(ラーチ)は主に針葉樹合板の原材料として大量輸入されていた時期があり、丸太輸出規制強化に伴い、合板メーカーが原材料の多くを杉などの国産材針葉樹に移行していますが、今でもラーチ合板と言われるのは当時の針葉樹合板にロシア産カラ松が使用された名残です。
ロシアのウクライナ侵攻に対する西側諸国の経済制裁として西側諸国の国際決済網であるSWIFT(国際銀行間通信協会)から、ロシア系大手金融機関を締め出すことが決定されました。これは今後、ロシア企業が貿易を行う際の国際決済ができなくなることを意味します。
2021年のロシア林産物輸出は約120億US㌦、輸入は紙製品を中心に約20億US㌦にのぼり、国際決済網から締め出されることで、この輸出入額のかなりが影響を受けると予想されます。さらにSWIFTからの締め出しに端を発したロシア国内の経済混乱が一気に広がり、デフォルト懸念から深刻な資金不足に陥り、国全体が危機に陥ることも想定されます。既にルーブルの暴落が起きています。
日本のロシア材輸入関係者は、今後、輸入代金決済が困難になり、新規の輸入が大幅な制約を受けるだろうと予想しています。仮にロシア以外の第三国を経由する国際決済方法が残っているとしても、大きなリスクを覚悟する必要があります。ただ、先行きのロシア材供給が大幅に減少するということは、需給を引き締め、価格を押し上げることになりますから、これを商機と考える関係者もいると思います。
国際物流についても厳しさを増しています。国際物流大手によると、ウクライナ当局は同国最大のコンテナ港オデッサ港を閉鎖、これによりコンテナ船社大手各社がオデッサ港向け貨物受託を停止したほか、ロシア発着のコンテナ貨物についてもコンテナ船社大手各社が輸送停止を発表しました。
現在、欧州復航航路のコンテナ船運賃は、ロッテルダム港発横浜港揚げで、22年1月が4490US㌦(40㌳1本当たり)と3年前の19年比で3.2倍に跳ね上がっています。今回のロシアによるウクライナ侵攻でこうした海上物流コストがさらに上昇することは確実です。原油国際価格が近年最高値となり、既に船、トラック、航空機等の燃料コストを直撃しており、この影響はさらなる輸送価格の大幅値上げという形で表われてくると思います。
追加情報ですが、3月11日のロイター電によると、ロシアは通信、医療、自動車、農業、電気、技術機器、一部の林産物製品に対し、22年末まで輸出を禁止するとの方針を打ち出したようです。ロシアに対する経済制裁への報復措置とのことです。
また、出国する外国企業のロシア国内の資産を国有化するとの検討を開始したとも報じられており、事態は刻々流動化しているようです。
ロシアから製材をはじめとした林産物輸出が停止された場合、どうなるのでしょうか。
大きく分けて2つの側面から見ていく必要があると思います。ひとつは、日本をはじめとした消費国への最終製品輸出が著しく制限された場合、もう一つは中国やセントラルヨーロッパ、北欧などの国々への木材製品及び原材料輸出が停止される結果、中国や欧州がどのようにして代替原材料を確保するかです。
おそらく、世界的な代替の動きが出てくると考えられ、欧州、北米、中国など日本の主要な調達先にも価格、供給等で影響が及んでくると予想されます。
昨年のウッドショック以降、ロシア産アカ松KD30×40㍉は、S級などの上級グレードで12万~13万円(販売店着、立方㍍)、P級やD級などの中級グレードで9万~10万円(同)、L級などの下級グレードでも7万円前後(同)と大幅に値上がりしています。
今回のウクライナ侵攻に伴うロシア制裁の影響で、今後のロシア材入荷は一気に不安定なものとなり、価格はさらに上昇すると考えられます。また、流通関係者は価格動向を見ながら、じっくりと売る構えを見せるでしょう。現在、首都圏の輸入木材製品入荷拠点である東京15号地は比較的潤沢な在庫があるようで、すぐに価格変動が起きる状況ではありませんが、需給が引き締まることは確実です。
ロシア産アカ松KD羽柄材代替の第一候補は杉を筆頭とする国産材針葉樹KD羽柄材です。既に大量のオーダーが入っている模様ですが、羽柄材を専門に製材する大型工場は限られており、急な受注増に対応できるかどうか疑問です。価格の上昇は確実でしょう。国産材針葉樹は人工林資源がふんだんにあり、供給力が高いと錯覚されることがありますが、立木を伐採、整木、搬出する過程での絶対的な人手不足が解消不能なボトルネックとなっており、短期に国産材針葉樹素材生産力を拡充させることは難しいといわざるを得ません。
国産材以外の代替羽柄材としては、ポプラ等を原材料とした中国産LVL、欧州産ホワイトウッドKD材、カナダ産SPF2×4、2×6KD製材が考えられます。
欧州産ホワイトウッドKD羽柄材は特に複雑な問題があります。まず、欧州域内市場の建築材等の需要がロシアやベラルーシ産製材や原材料に少なからず依存しており、ロシアからの入荷が停止された場合、欧州域内の製材需要はロシア以外の産地で賄う必要があり、価格はもちろん、需給面でも大きな影響を受けるからです。既に日本向け欧州産ホワイトウッド製材価格も50ユーロ(立方㍍)前後の値上げが打ち出されています。
欧州産針葉樹KD製材の一部は高値が続く米国市場に出荷されているが、これも欧州産地での製材供給低下と原材料コスト高を受けて強含んでおり、今後、玉突きで米国製材価格を刺激してくるのではないでしょうか。3月上旬の米国製材価格は、指標となるSPF2×4(スタンダード&ベター)で1300㌦(工場渡し、1000ボード㌳、ノミナル)台まで再騰しており、昨年記録した過去最高値1600㌦台に迫る勢いです。
ロシア材アカ松KD羽柄材、特に小屋回りに使用する羽柄材料の代用であれば、鋼製の軽天が最も現実的な代替材候補かもしれません。鋼材価格も高騰していますが、少なくとも供給不安は小さく、作業性、施工精度を考慮した場合、軽天への移行は十分に考えられます。