森と建築を一緒に考える 第5回「中規模木造の設計ルール」


アトリエフルカワ一級建築士事務所 古川泰司

中規模木造の設計ルール

【木材の特性を活かした桑の木保育園】

住宅以外のいわゆる非住宅といわれる分野での木造建築への関心が高まっています。
平成22年(2010年)に制定された「公共建築物等における木材の利用の促進に関する法律」、いわゆる「木促法」は公共建築の木造化を推し進めることがうたわれています。これは、低迷する国産材自給率を建築物への木材利用で回復するという目的がありました。

木促法を背景に、2012年つくば市で木造小学校の実大火災実験が行われました。一億円を超える実大の試験体(校舎を再現!)が数時間で燃えてしまったことが大きくメディアで取り上げられ話題になりましたが、実はそのときの知見は大きく、その成果を元に3階建ての木造校舎の防耐火の技術基準が検討され、法整備が整い現在では3階建て木造校舎の実現は可能となりました。


【写真-1 つくばで行われた実大火災実験は多くの知見をもたらした】

一方、「木促法」も令和3年(2021年)に改定され、「脱炭素社会の実現に資する等のための建築物等における木材の利用の促進に関する法律」と名前も変わりました。これにより、木材利用だけではなく、脱炭素社会実現への期待が加味され、あわせて公共建築でなく一般の建築物についても木材利用の促進が図られるようになりました。
こうした時代の要求とともに非住宅の木造建築は大きな追い風を受けています。
建築雑誌を代表する「新建築」をみてもここ数年は非住宅の木造建築が数多く取り上げられています。いわば非住宅の木造建築ブームと呼べるような状況になっているのです。

ブームが何を呼んだかというと、今まで木造建築の設計をほとんどしたことがない人たちが木造建築の設計に関心を持ってくれることになりました。それ自体は非常に嬉しく喜ぶべきことなのですが、一方で木造建築に特有な設計のリテラシー不足からくる問題もあちこちから聞こえてきています。

今回はそうした問題を解決するためにはどうしたら良いのか、そしてこの木造建築への追い風をさらに後押しするために非住宅木造建築の問題を整理しておきたいと思います。

目次

木造建築の3つの誤解ー1 火災に弱い

まずは、木造建築にある3つの誤解についてふれておきましょう。この誤解を理解することが木造建築設計の基本であるからです。

まず第1に、木造建築は火事に弱いのではないか?という誤解があります。

確かに木材は燃えてしまいますが、実はゆっくり燃えてゆくことが知られています。ゆっくりと燃えてゆっくりと弱くなるのです。紙のように一気に燃え上がることはないのです。一般的に1分間で1㎜燃え進むということが数々の実証実験でわかっています。火事に対して木材はゆっくりと弱くなっていくのです。


【写真-2 NPO法人家づくりの会で行われた、防火性能のある木製建具の実用化に向けた木製建具の実験。燃え抜けないために建具の厚みが重要になった】

ここで建物内にいる人の安全性を考えてみましょう。火災が発生した時から時間の進行に従い建物内にいる人の安全性は失われていきます。つまり時間が経てば経つほど危険度が増します。ですから、人が安全に避難するためには避難時間を確保しなくてはならない。そのために構造材については燃えにくい材料で覆うなどの対策が必要になってくるのです。鉄骨造であれば被覆材がとても重要です。
木造ではどうかというと、木材のゆっくり燃え進む性質を利用してその分だけ寸法を大きくしておく「燃え代設計」と言われる手法が使えます。燃えた分だけ、燃え進むのに時間がかかることから建物内にいる人が安全に避難できる時間を増すことができるのです。ですから、木材の特性を活かせば、木造建築とはいえども、火災に強い、つまり安全な木造建築は十分に可能なのです。

また、木材の熱を通しにくいという性質も火災に対する安全性につながります。たとえば、鉄筋コンクリートの建物の場合、火災発生時の問題として火災が進行している隣の部屋にも熱が伝わりかなりの高温状態になります。火災が発生した周辺の部屋も危険度が高くなるのです。一方、木材の厚い壁で仕切られた部屋の場合、火の元の部屋との境目の壁は熱くならず人の手で触れることができるのです。つまり、火災が進行している隣の部屋にいる人にとってより安全に避難ができるのです。
ゆっくりと燃え進むこと、熱を通しにくいということ、こうした木材の性質が火災発生時の安全性を高めているのです。


【図-1 建築材料の熱伝導率】

誤解-2 地震に弱い

第2に、地震に対して弱いのではないか?ということがあります。
まず言っておかなくてはいけないのは、地震に対して建物は軽いほうが有利だということです。木材は鉄やコンクリートに比べてとても軽い。加えて重さに対する強度はどうかというと、圧倒的に木材は軽くて強い材料なのです。この特性から木材こそが地震に対して強い素材ということが言えます。


【図-2 建築材料の比強度の比較】

また、実は木材は繊維方向にはとても強い材料なのです。繊維方向の引張では鉄と同じくらいの強度があります。逆に、繊維に直交する方向に対してはとても弱いのです。この特性を生かした設計をすれば決して地震に対して弱いことにはならないのです。加えて木材が鉄やコンクリートに比べて軽くて強いという先程触れた性質を生かして設計することで木造建築は地震に対してとても強い物となるのです。


【図-3 木材は繊維方向の強度が強い】

誤解-3 耐久性がない

第3は、木造建築は腐りやすくて長持ちしないのではないかということです。これは木材が生物素材で有り木材腐朽菌にとって絶好の食事になるからですが、木材だけが時系列で弱くなるわけではなく、鉄もさびますし、コンクリートも酸化が進めば脆くなります。ただし、木材のように腐朽が一気に進むことはありません。

確かに木材は腐ります。これは先にもふれた木材腐朽菌のせいなのですが、どんな状況でも腐朽が進むわけではありません。腐朽が急速に進むためには条件が揃っていないといけません。その条件とは主に「気温」「湿度」で、高温多湿な日本は木材腐朽菌天国とも言って良い環境です。しかし、この日本でも、雨がかりを工夫し濡れてもすぐ乾くように風通しを良くするなどの設計の対応でずいぶんと改善されるのです。

世界最古の木造建築をご存じですか?奈良の法隆寺です。1300年もの昔に建立された建物が何故に今の時代にまで腐らずに残っているのでしょう?
まずは、軒の出を深くして雨に濡れないようにし、なおかつ周辺の建物との距離をとって風通しを良くして濡れてもすぐに乾くようにしています。それでもそのままでは1300年もの長い時間では部分的に傷みも激しくなってくる。どうしていたかというと部分補修をしてきたのです。木材という素材が加工しやすいため部分的な補修が容易だったのです。また、建物を長く使い続けるために大工たちの補修技術が発達してきたのです。
木造建築は確かに腐ります。しかし、部分補修が可能でそれにより1000年単位の寿命を持つことができるのです。


【写真-3 伝統的な大工の技術で柱の根元だけ補修した例】


【写真-4 法隆寺は1000年を超える時間使い続けられてきた】

木造建築の3つの誤解をみてきましたが、木造建築を設計する基本ルールは全てこのなかにあると言っていいと思います。このルールが見えていないために問題が起こっていると言っても良いでしょう。

火災時においても、ゆっくり燃える木材の性質を利用した避防耐火の計画をたて安全性を確保すること。

軒を深く出したり水切りを上手につけるなどの雨仕舞や雨がかりを十分に配慮した設計とすること。加えてメンテナンスや部分補修が可能な設計を心がけること。

そして構造に関してですが、これはコストにも大きく関係してきます。

木造建築のコストが高いと言われるのは?

木造建築が高いというのは、施工会社が木造建築に慣れていないからなれていない分コストがかかる’ということもあるとは思いますが、実は大きくは設計の問題だと考えています。つまり、構造計画をたてて構造のモデル化をする時に木材の性質をよく理解しないでモデル化してしまうと特殊なサイズの材料が必要になったり材木の量が増えたりする、そのためにコストアップになってしまっているのです。

先に触れたように木材は繊維方向についてはとても強い材料です。逆に繊維方向に対して直行する力には極めて弱いのです。さらには、鉄骨造や鉄筋コンクリート造のような強い接合部分は作れないのでラーメン構造ができません。最近は准ラーメン構造を可能にするような金物のも開発されているようですから、この部分は今後大きく変わってくるとは思いますが、木造の接合部は基本的には剛接合ではなくピン接合になります。こうした材料への理解をもって構造のモデル化を進めないといけません。
基本ルールとしては軸力によって荷重を分散させる方法を取るということです。モデル化がうまく行けば特殊な材料や工法は不要になりますし、木材の使用量を大幅に減らすことができるのです。

私の設計した事例から

私が設計した「わらしべの里共同保育所」では基本的に12尺(3.64m)のグリッドで設計しています。4mの長さの丸太の流通量が多いということと、梁材に無理な力をかけない構造計画とするためです。「わらしべの里共同保育所」は床面積が840㎡ですが使った構造材の材積は140㎥です。燃え代設計としていながらも木材の使用量を抑えることができています。基本12尺グリッドがコストを抑えることに貢献しています。


【写真-5 わらしべの里共同保育所】


【図-4 わらしべの里共同保育所は基本を12尺グリッドで設計し】

一方で、12尺グリッドに縛られすぎるのも問題です。軸力をいかした木造建築の設計には大きな可能性があるからです。


【写真-6 桑の木保育園のプレイルーム】

これは「桑の木保育園」のプレイルームです。ここでは、水平連続窓の大きな窓と、屋根には大きなハイサイドライトを設けています。木造軸組のピン接合の構造でもこうした空間は可能なのです。

一般的に水平に連続した大きな窓を設ける場合は屋根面の剛性をたかめることでそれを可能にします。しかし今回の場合は大きなハイサイドライトでそれができない。この事例で屋根を下から支える頬杖を斜めにかけて水平トラスの役割を担わせ、ハイサイドライトで弱くなった屋根の剛性をカバーしているのです。

桑の木保育園は床面積が440㎡で構造材の使用量が60㎥です。住宅3件分の構造材の木材使用量でコストを抑えています。木造だからといってコストが上がるわけではないのです。

構造設計者と意匠設計者が双方ともに木材の性質を理解した協働作業でこの空間は完成しました。

木材の性質をよく理解して木造建築の設計に取り組んで欲しいと思います。

執筆者のご紹介

古川 泰司

武蔵野美術大学建築学科卒業後、’88年筑波大学院芸術学系デザイン専攻建築コース修了。建築事務所や工務店に勤務後、’98年アトリエフルカワ一級建築士事務所設立。林業、製材、職人をつないだ、地域の木を生かした建物の設計を行っています。最近では、住宅医の資格を活かしながら、空き家活用で地域の空間資源再生を通した地域再生やコミュニティづくりにも取り組んでいます。
https://a-furukawa.com/

略歴

  • 1963年5月 新潟県生まれ
  • 1981年3月 新潟県立高田高校卒業
  • 1985年3月 武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業
  • 1988年3月 筑波大学院芸術学系デザイン専攻建築コース修了
  • 1988年4月 株式会社パルフィ総合建築計画入社
  • 1990年3月 有限会社長谷川敬アトリエ入所
  • 1991年12月 一級建築士資格取得(国土交通大臣239555号)
  • 1995年8月 シルクロードとチベットへの旅行(8月〜10月)
  • 1995年11月 株式会社内田工務店入社
  • 1997年11月 株式会社内田工務店退社 事務所設立の準備を始める
  • 1998年5月 アトリエフルカワ一級建築士事務所設立(東京都知事43130号)
森林インストラクター、おもちゃコンサルタント
NPO法人家づくりの会、東京建築士会、東京都木造住宅耐震診断事務所(第124号)、
CASBEE評価員(戸建-03107-15)、公認住宅医(No.sapj2015103)、既存建物現況調査技術者、武蔵野美術大学校友会副会長(広報部長兼任)

著書

  • 木の家に住みたくなったら。(エクスナレッジムック)
  • プロのスゴ技でつくる楽々DIYインテリア(エクスナレッジムック)
  • ローコストで最高の家を建てる方法(エクスナレッジ)
  • やっぱり、木の家がほしい!―建築家とたてる安くても住み心地がよい木の家の作り方&頼み方(共著)(アーク出版)
  • [住宅]設計監理を極める100のステップ(共著)( エクスナレッジムック)
  • 世界で一番くわしい木材(共著)(エクスナレッジムック)

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