宮崎良文グランドフェロー及び池井晴美特任助教と連携し、木材の素晴らしさを、より多くの人に知ってもらう活動を開始します
第5回 「木材と視覚」
第3回と第4回においては、木材の香りや手足への接触が、脳や体にもたらすリラックス効果に関して、最新の研究成果をもとに紹介してきました。今回は、木材を見たときの生理的リラックス効果について紹介します。
木材を見たとき、私たちがリラックス感を覚えることは、経験的に知られています。これまで、日本においても、海外においても、そのリラックス感を質問紙法によって、明らかにしようとする試みが続けられてきました。
一方、生理的リラックス効果に関する評価法は、急速に進歩しており、質問紙では差異がないにも関わらず、生理評価においては、統計的有意差が認められるケースも報告されています(引用1)。
2018年からは、木材がもたらす快適性増進効果に関して、東京原木協同組合との共同研究を継続的に実施しています。本稿においては、木材の視覚刺激がもたらす生理的リラックス効果に関して、そこで得られた最新の知見を紹介致します。
(1)縦貼・横貼壁を見たときのリラックス効果
大型ディスプレイを用いて、実物大の木材を縦方向に貼った壁(縦貼)と横方向に貼った壁(横貼)を対象に、その視覚刺激が人の生理応答に及ぼす影響を調べました(引用2)。生理応答の指標は、近赤外分光法による左右前頭前野活動としました。節のないスギ材をカメラで撮影し、その撮影データを元に、縦貼と横貼の木質壁画像を作製しました。比較のための対照刺激としては、グレー画像を用意しました。被験者は女子大学生28名(平均年齢:22.3歳)とし、それぞれ90秒間見てもらいました(図1)。
その結果、縦貼の木質壁画像を見ることによって、左右前頭前野活動が低下しました(図2)。横貼についても、対照であるグレー画像との間に、統計的な差異が認められました。つまり、縦貼あるいは横貼の木質壁画像を見ることは、対照と比べて、脳前頭前野活動を鎮静化させるという生理的リラックス効果をもたらすことが明らかになりました。
図2. 縦貼・横貼の木質壁画像を見た時の左右前頭前野活動の変化(引用2を改変)
(2)有節・無節壁を見たときのリラックス効果
次に、節がある材(有節)と節がない材(無節)について、その視覚刺激が及ぼす影響を調べました(引用3)。生理応答の指標は、近赤外分光法による左右前頭前野活動と心拍変動性による副交感・交感神経活動としました。有節と無節のスギ材をカメラ撮影し、木質壁画像を作製しました。比較のための対照刺激はグレー画像を用いました。大型ディスプレイを使用して、実物大の壁画像として映し出し、女子大学生28名(平均年齢:22.3歳)に、それぞれ90秒間見てもらいました(図3)。
図3. 有節・無節の木質壁画像を見る実験の様子(引用4)
その結果、無節木質壁画像による視覚刺激は、対照であるグレー画像と比べて、左前頭前野活動を低下させました(図4左)。また、有節の木質壁画像は、グレー画像と比べて、右前頭前野活動を低下させました(図4右)。
図4. 有節・無節の木質壁画像を見た時の左右前頭前野活動の変化(引用4を改変)
無節においては、左前頭前野活動が鎮静化し、有節においては、右前頭前野活動が鎮静化したのですが、その違いに関するメカニズムについては、今後の検討事項です。
自律神経活動に関しては、リラックス時に高まる副交感神経活動において、有節の木質壁画像を見たとき、見る前と比べて、高まることが分かりました(図5)。
図5. 有節・無節の木質壁画像を見た時の副交感神経活動の変化(引用4を改変)
ストレス時に高まる交感神経活動は、無節の木質壁画像を見たとき、見る前と比べて、低下することが分かりました(図6)。
図6. 有節・無節の木質壁画像を見た時の交感神経活動の変化(引用4を改変)
節の有無によって、副交感神経活動と交感神経活動が異なった反応を示しており、非常に、興味深い現象なのですが、本件に関しても、その理由は今後の検討事項となります。
一方、生理応答を全体として評価した場合、無節・有節の木質画像は、1)脳前頭前野活動の鎮静化を生じるとともに、2)リラックス時に高まる副交感神経活動の亢進、あるいはストレス時に高まる交感神経活動の抑制を生じ、人に生理的リラックス効果をもたらすことが明らかになりました。
(3)おわりに
今回は、木材を見ることが人の生理応答に及ぼす影響について、東京原木協同組合との共同研究によって得られた最新の成果を示しました。木材を貼る方向や節の有無によって、若干の差異はありますが、木材の視覚刺激は、私たちを生理的にリラックスさせ、快適性増進効果をもたらすことが明らかになりました。今後は、視覚、嗅覚、触覚の複合刺激実験や実際の木質居室空間実験など、より現実に近づけた研究を行いたいと考えています。
【引用文献】
1)H. Ikei et al., Int. J. Environ. Res. Public Health 14, 773, 2017
2)M. Nakamura et al., J. Wood Sci. 65, 55, 2019
3)H. Ikei et al., Sustainability 12, 9898, 2020
イラスト:佐藤智 ((株) 宮坂印刷)
両博士の履歴
- 1954年生まれ。医学博士(東京医科歯科大学)
- 2019年 千葉大学グランドフェロー
- 2007年 千葉大学教授
- 1988年 森林総合研究所研究員・チーム長
- 1979年 東京医科歯科大学医学部助手
- 1979年 東京農工大学修士課程修了
- 2007年 日本生理人類学会賞受賞
- 2000年 農林水産大臣賞受賞
- 1990年生まれ。博士(農学)
- 2019年 千葉大学特任助教
- 2018年 森林総合研究所研究員
- 2018年 千葉大学大学院博士後期課程修了
- 2019年 日本木材学会奨励賞受賞
- 2018年 千葉大学学長表彰受賞