大工がいなくて家は建つのか
はじめに
かねて建設業に従事する労働者不足が指摘されています。いわゆる職人不足問題です。全建総連(全国建設労働組合総連合)はこのほど、2020年国勢調査を元に、「大工の将来に関する国勢調査分析」(監修:芝浦工業大学建築学部建築学科教授の蟹澤宏剛氏、全建総連2022年度建築大工技能者等検討会座長)を公表しました。
建設業労働者の人手不足は言われる以上に深刻な状況で、突出した高齢化の進行、若年層新規就業者の激減が相乗しており、こんな状況で住宅をはじめとした建築物の施工ができるのか心配になります。全建総連では「地域工務店の育成、建築大工の担い手確保・育成について」の中間報告も出していますが、妙手が見当たらないという状況です。
2024年問題といわれるトラック運転手をはじめとする物流に関する働き方改革、2024年4月から開始される建設業の働き方改革である「建設業の時間外労働の限度基準の見直し」(後述)、2023年10月から導入される「インボイス制度」、同じく23年10月着工工事から義務化される「アスベスト事前調査」など、建設業界では多くの課題が山積しており、ここで取り上げる建設業従事者不足とともに大きなコスト要因となります。
大工数30万人割れ
同調査分析結果は驚くべきものでした。建設業従事者総数は320万人弱であった1980年をピークに、2020年は189万人と40%の大幅減になっています。60歳以上の比率が相対的に上昇しているのに対し、29歳以下の若年層従事者比率が著しく低下しています。2020年の平均年齢は54.3歳(2010年50.4歳)です。
このうち2020年の大工数(型枠大工除く)は29万8000人で、ピークとなった1980年の93万7000人から68%減少しています。大工数の年齢構成は30歳未満2万1000人(構成比7%)、30歳以上60歳未満14万9000人(同50%)、60歳以上12万8000人(43%)となっています。ただし、この統計は2020年国勢調査に基づくことから、既に3年以上経過しており、高齢大工のリタイア進行、当時60歳未満のいくらかが60歳を超えていること、若年層のさらなる就業減少が進んでいると考えられ、大工数の減少と高齢化は一段と進行していると予想されます。
この5年間の減少幅ですが、建設業従事者総数が205万人ほどであった2015年比で8%ほど減少しています。ただ、建設業の主な職種における2015年比減少率をみると、全年齢で畳職が42.1%減(うち65歳未満49.4%減)、左官が20.4%減(同32.9%減)、屋根ふきが19.6%減(同23.5%減)、大工が17.1%減(同27.4%減)、ブロック積・タイル張りが13.8%減(同19.7%減)、土木従事者が13.0%減(同17.7%減)、型枠大工が12.5%減(同15.1%減)などで、とび職のみ2.3%増(同1.1%増)となりました。65歳未満の5年間の減少率は大工がワースト3です。
上のグラフは大工(型枠大工を含む)のうち、19歳以下の若年層就業者数と65歳以上の高齢層の就業者数の推移ですが、1970年には9万4340人だった19歳以下の就業者数が2020年には2560人に減少しており、事実上、新規の若年就業者はほとんど入ってこないという状況です。一方65歳以上は1985年に2万640人でしたが2020年は9万5830人となっており、1970年前後の就業者が減少を続けながら65歳以上になったといえ、両者の推移は見事に反比例しています。全年齢構成別推移(型枠大工除く)は下グラフの通りです。
2035年に大工は半減、2060年には5万人に
同報告では2060年までの長期予測も行っています。これもまた衝撃的です。建設業従事者予測は、今のまま減少し続けると2045~2050年は2020年(189万人)の半分、2060~2065年には三分の一になるとしています。また、65歳未満では減少速度が速まり、2045~2050年で現状の半分、2060年ごろに三分の一になるとの予測です。
建築大工は2035年に2020年(約29万8000人)比で半分以下(約14万5000人)、2045年に三分の一以下(約8万人ほど)、2055年に五分の一(約6万人ほど)、2060年には約5万人になるとの予測です。
こうした予測を目の前にすると最早、木造住宅をはじめとする建築物の施工は決定的な職人不足に陥り満足に建てられないとの悲観論を余儀なくされます。何かを抜本的に改革しない限り建設業従事者不足を改善することは困難です。確かに一方で新設住宅需要は減退すると予測されますが、人手不足はそれ以上だと考えられます。
まずは建設業従事者の待遇改善が急務でしょうが、若年就業者を増やすには彼らが別の職種以上に魅力を感じてもらう必要があります。その一方で施工の合理化も待ったなしだと思います。目指すべき合理化は単なるコスト削減目的ではなく省施工につながるものであることが求められます。
ある大工に一般的な現状を聞きました。「初期経費としてハイエース400万円、工具等で70万~80万円でだいたい500万円、数年ごとに買い替えが必要。これに消耗品費として例えば充電池1個2万円、丸鋸の歯1枚4000円など、なんだかんだ年間100万円。一人親方でも年収平均500万円弱。かなり厳しい」と語っています。もちろん年収1000万円超えの大工もいますが、ごくわずかです。これでは大工になろうと意気込んできてくれる人材は限られたものでしょう。一方で建設コスト削減が日常的に言われており、大工をはじめとする建設業従事者の賃金を引き上げるのは容易でありません。しかし、この部分に真剣に取り組まない限り事態は改善できないと思います。
建設業の働き方改革
2024年4月から時間外労働上限規制などを盛り込んだ「建設業の働き方改革」が導入されます。既に労働時間の把握義務、年次有給休暇年間5日取得義務(2019年)、同一労働同一賃金(2020年4月)、月60時間超の残業の割増賃金率の引き上げ(2023年4月)などが取り組まれており、2024年4月からは建設業の時間外労働の限度基準見直しが行われます。
見直しでは残業時間の上限は原則として月45時間・年間360時間とし、これは労使で特別な事情があっても規制されます。同時に36協定の締結と届出が求められます。23年4月から導入される月60時間超の残業の割増賃金率の引き上げでは賃金割増率が50%(60時間以内は25%)となります。