令和3年度の全国銘木7市場(いちば)の合計売上高は32億3500万円(前年度比7.3%増)となりました。新型コロナ禍で前年度比増加に転じたことは健闘に値するといえますが、バブル真っ盛りの平成元年には407億円を記録しており、売上高は十分の一以下に減少しています。銘木市場加盟団体数も昭和60年の25団体から平成28年度には9団体に減少しています。
銘木業を取り巻く環境はきわめて厳しく、数寄屋造りなど伝統的な和風建築が減少し、住宅内装でも洋風化の波が押し寄せ、床の間がある畳部屋がなくなり、銘木を使用する機会が少なくなっています。また、社寺建築の低迷も大きく影響していると考えられます。
一方、銘木供給面では、世界的な高樹齢大径木資源の枯渇、ワシントン条約等での厳しい貿易規制も海外からの銘木輸入を難しくしています。銘木材価の下落も激しく、役柱や床柱、磨き丸太は大幅に価格が下落しています。
400億円を売り上げた銘木はどこへ行ったのか
しかしながら、かつて400億円を超える売り上げとなった銘木はどこへ行ったのでしょうか。すべてが建築等に使用されたわけではありません。むしろ多くの銘木は販売店や工務店・大工に買われたものの、日の目を見ることなく買い手の倉庫に眠っている物が少なくないと思います。数年後の需要を期待して時間をかけて天然乾燥を進めていたケースも少なくありません。惚れ込んで購入した材料ですから、それを欲している需要家に提供して喜んでもらいたいとの思いもあります。
とはいえ、バブル崩壊以降の既存需要分野における銘木用途の減退は深刻で、銘木の事業機会が落ち込み滞留在庫となる一方、換金に向けて動かざるを得ないケースも増えています。銘木購入当事者は材料にほれ込んでいても、本人の高齢化や死去で相続が行われたとき、特に事業を継承していない相続者は在庫となっている銘木の価値がわからず、この在庫が片付けば倉庫や林場が空き、不動産活用の道が拓けると考えても致し方ありません。
実際に銘木販売を主力とする木材販売店にはこうした在庫処分に関する相談が増えており、木材製品市場(いちば)には放出品とみられる銘木がまとまって出品されることが少なくありません。長年倉庫に眠っていた在庫ですから乾燥度合いもよく、しかも往時に比べ破格で手に入れられるのですから、今も元気に商いを行っている銘木のプロにとっては絶好の機会です。
なぜ、彼らが元気なのかは後で触れますが、新たな銘木需要を獲得した事業者には大きな事業機会が訪れているということです。
これらの放出品を積極的に購入する買い手には別の理由もあります。前記した通り、銘木売上高はピークの十分の一以下に落ち込んでいます。つまり新規に販売される銘木の数量が激減しており、銘木入手機会はますます限られているということです。正確な統計はありませんが、製材事業や木材販売事業以上に銘木製造販売業者の減少は顕著と考えられます。
銘木・高級木材資源の枯渇問題
銘木資源の枯渇や貿易規制強化も無視できません。世界的な高樹齢大径木資源の枯渇が進行しており、元気な銘木、高級木材関係者の多くは今後の原材料調達を懸念し、入手機会があれば積極的に手当てをしています。国産材の代表的な天然林高樹齢大径木産地であった秋田(杉)、青森(ヒバ)、魚梁瀬(杉)、屋久島(杉)、木曽(桧)、屋久杉(杉)などの官材国有林は、素材生産停止を含め、既に大半の供給が途絶えています。北海道産広葉樹も大径木資源の枯渇で優良材の出品は非常に少なくなっています。
そのためブランド産地以外でも、原木市場などへの天然林高樹齢大径木出材の情報は、驚くべき速さで関係者間に伝わり、顔なじみが参集します。また、どこかの社寺でかねて目を付けていた高樹齢大径木の危険木伐倒情報を聞くや、その道のプロがわらわらと集まってくるといいます。
外材にも同様のことが当てはまり、熱帯産広葉樹天然木高樹齢大径木の多くは、資源枯渇が急速に進行し、希少樹種の保存・保護という観点から、多くの産地国において伐採を停止、販売規制が強化されています。カナダのブリティッシュコロンビア州では22年4月、170万haもの原生林州有林の伐採一時停止が打ち出されました。
持続可能な森林経営や木材取引の合法性に対する真摯な取り組みが求められる時代を迎え、違法伐採や不法取引を締め出す動きが強化されています。特に熱帯産希少樹種は、絶滅の危機に瀕しているものも多数あり、これらを保護し貿易等を規制するワシントン条約では、改訂ごとに規制対象樹種が増えており、インディアンローズウッドをはじめとしたすべてのローズウッド、ブビンガ、メランティなど多くの樹種がワシントン条約で貿易規制対象となっています。
樹齢数千年の高樹齢木も生育していた台湾の天然林である台桧、紅桧などは長年にわたり、日本の高級木造建築資材として丸太、製材が大量に輸入され、高樹齢大径木選木は高名な社寺用材として供せられてきました。しかしながら、台湾政府は数十年前から天然林資源の枯渇を背景に、台桧等の伐採、販売を禁止し現在に至っています。
台湾の事業者は伐採禁止後も現地の工場在庫、流通在庫でやりくりしてきましたが、こうした在庫も完全に底を尽き、ここ数年、日本国内で在庫されている台桧半製品が台湾市場に逆流するという現象も起きています。岐阜県銘木協同組合は最も台桧半製品等が集まる市場ですが、買い方の多くは台湾関係者とのことです。
社寺、伝統建築向けに材料確保は欠かせない
銘木、高級木材需要は、役物を含め、木造住宅内装・建具用需要がかつてに比べ大幅に減少していますが、社寺等の伝統的木造建築需要、都市部では商業店舗内装にムクの木材を採用するケースが増えています。
希少樹種に対する評価は世界的にも高まりを見せており、イタリア高級家具のトップブランドが、ムクの高級木材に洗練された意匠を付与した新作を紹介、欧州の新たなトレンドとして動き始めているとの指摘もあります。
奈良県内の社寺建築向け納材を主力とする桧選木製材事業所は、「数年前から桧高樹齢木を買い増ししている。いつ製材としての注文が入るかはわからないが、そうしたリスクをとってでも丸太を集荷しなければ、いざ受注が入った時に対応できない。高樹齢大径木資源の枯渇は明らかで、経験、実績、信用のある社寺専業の納材関係者は一様に、高くても買い進めている」といいます。
以前開催された全国銘木展示会(岐阜県銘協)では、ケヤキ高樹齢大径木(9㍍)元木選木に1本5800万円の高値が付きました。三重県では10数㍍長の桧天然林丸太に1本1000万円を超える高値が付いたこともあります。
現在進められている首里城の再建工事では吉野産桧等が大量に使用されます。このように高樹齢大径木素材を必要とする伝統的な木造建築、社寺建築等案件は少なくなく、思いつくだけでも名古屋城天守閣修復、奈良の大極殿(国営平城宮跡歴史公園)第2期工事及び回廊工事をはじめとした伝統構法大型木造建築などがあります。一方、現場では適材不足の話が出ており、高名な神社で鳥居修復用桧大径木長尺材が入手できず、杉での代替に至ったといいます。
先ごろ落慶した興福寺中金堂新築工事でも、必要とする直径1㍍以上の長尺丸柱36本用桧長尺選木丸太が確保できず、アフリカ産アパなどで代替しました。この調達時期と前後してアパやドゥシエといったアフリカ産天然木大径材も丸太での輸出が禁止されています。丸柱加工するために十数年、丸太のまま手持ち在庫されました。興福寺中金堂新築工事では屋根回りの大寸面材料としてカナダ産米ヒバが用いられています。
デザイナーの創造性で新たな内装需要を
ただ、こうした大型案件は誰でもが取り組めるものではありません。前記した元気な銘木販売店に共通していることは設計やデザイナーと直接つながり、都市部の飲食店舗、服飾店舗等の内装需要を獲得している点です。設計やデザイナーの創造性や感性と合致したとき、銘木・高級木材は新たな輝きを放つのではないでしょうか。
店舗内装で木材を採用するデザイナーは無垢の質感を最も重視します。冷暖房の厳しい店舗内環境は無垢の木材にとって好ましい空間ではないですが、木材の経年変化も味わいであるとの認識も広がっています。
カウンター、テーブル、壁面等に無垢の木材を積極的に使用する大手和食チェーンの関係者は、「できる限り乾燥した材料を調達してもらうが、冷暖房の影響で反りや割れが出ることも承知している。テーブルに調味料等がこぼれてシミとなることも想定しており、メンテナンスで対応している」と語っています。
寿司店など和食店舗の内装では桧カウンターをはじめ、壁面にも無垢の材料を使用することが多いです。また和室の減少ですっかり需要が落ち込んだ欄間を商業施設やデイケア施設ロビー等のワンポイント内装として活用するケースもあります。井波彫りの高級欄間は芸術作品といっても過言でなくユニークな意匠を醸し出します。磨き丸太や出節丸太を階段柱や室内のオブジェとして洋風住宅内装に活用する取り組みも増えてきました。
デザイナー、建築家、家具関係者にとって銘木は憧れでもあります。ただ、彼らは銘木業界との接点が希薄であったため、銘木活用の仕方や調達先などがわからず、ようやく接点が出てきたというのが現実ではないでしょうか。先ごろ、大手木製家具メーカーが製造販売したクラロウォルナットを原材料とした大きなテーブルセットが4000万円を超える価格で海外富裕層に販売され話題となりました。
希少性を評価する海外市場
銘木は海外市場でも期待されています。ケヤキを主力とする原木市場では短尺材や径の小さなケヤキがどんどん買われています。買い手は中国、韓国、ベトナムなどのバイヤーです。彼らはこのケヤキを輸入し、フローリング、集成フリー板、各種内装材に最終加工します。最近では割安なケヤキにとどまらず1本100万円をこえるケヤキ大径木も海外勢によって買われています。よく考えてみると相対的に人件費が割安であれば原材料費に占める人件費率は低く抑えられ、人海戦術で細かい最終加工にも対応できる彼らの方が購買力は強いといえます。需要さえ開発できれば高級材に対する購買機運も高まってくのではないでしょうか。
日本ではすっかり需要がなくなった紫檀や黒檀の床柱も中国で人気です。彼らは彫刻用や小物加工用の原材料とします。中国で好まれる濃い色目も関係していると思います。韓国の木材事業大手は日本の銘木を輸入して自社ショールームで展示販売しています。前記した台湾勢は台桧半製品買い戻しの一方、日本の桧選木丸太を輸入し内装材に加工しています。
海外勢には日本で考えられてきた銘木という概念はありませんが、その樹種の希少性と意匠を評価して買い付けています。この感覚は、優れた美術品を高く評価するのと似ており、今後、天然木高樹齢大径木資源がますます枯渇することと連動して、海外向けは銘木・高級木材の有望な市場に成長すると考えられます。