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ロマネスク建築、シトー派の修道院
前回のフランスの歩き方1に引き続きフランス、ロマネスク、シトー派修道院の旅。
前回のフランス中部のディジョン近くにあるサント・マドレーヌ大聖堂はスペインへの巡礼の道、サンチャゴコンポステーラの出発点だったが、他にもその出発点は多数あり、サンチャゴへ、サンチャゴへと連なっている。その一つにイタリアに近いフランス東部を出発点とした地中海沿いの巡礼の道がある。
イタリア近くから、地中海を内陸部へやや入った山間の道を西へ、西へと進むと、そのうちに左手(南側)にあった地中海が途切れ、ピレネー山脈が現れる。このピレネー山脈を越えてスペインに入り、そしてサンチャゴに至るコースだ。
その山間の巡礼の道沿いに、心が揺さぶられるほどに美しいロマネスク、シトー派の修道院が点々と散らばっている。これまでの旅の中で、この旅ほど、宝石箱に入れ大事にとっておきたいと思える旅は他にはそうない。
それは何と言っても素晴らしい修道院の数々に巡り合うことができたからだが、その体験を通して、自分の中に新たな美のありようを発見することができた。西洋の建築が石造であるにもかかわらず、何と優しい肌合いと造形をしていることか、そしてそれが何故可能なのか、そのなぞ解きの旅は、感性と知性を全開しながらの、新たな美への発見の旅であり、これほどワクワクするものはない。
素晴らしい旅には、このような感性と知性が行き来するワクワク感が漂っている。
旅の仕方もよかった。旅のきっかけは、例のごとく数枚の写真からだった。その写真の建物がロマネスク建築ということは分かっても、それ以上のことは何もわからなかったが、その建物たちには何かビビッとくるものがあった。是非見たいと思った。
と言っても、当時どのあたりにいいロマネスク建築があるか見当もつかなかった。まずは建築や美術書をあさることから始めた。そうやっていたら、どうもロマネスクの中でもシトー派の建物がいいらしい、そしてそれがほぼフランスにあるらしいと段々と分かってきた。
それでもフランスのどのあたりになのか、具体的なことはもう一つよくわからない。
この旅に決定的に重要かつ貴重な情報を教えて頂いたのは、知り合いの知り合いで、美大の西洋美術史の教授だった。焼鳥屋だったかで、フランス全土の地図を広げ、ここは、という建物の場所をプロットしてもらった。やはりその道の大家に教えてもらったことで飛躍的にレベルの高い旅が可能となった。
それでも行くべきところの当りは付いても、実際にまだ行ってないのだから、行くべきところはまだ漠然としてしている。
行く前と、行った後ではその場所への把握のありようがまるっきり変わってくる。行く前は暗中模索のイメージが彷徨っているだけだが、行った後は何らかの確かなイメージが焼き付く。
その落差がある旅ほどワクワクし、記憶に残る。それにはやはり旅は行く前の茫漠としてでも自分の中に、確かではないが強く、かってに彷徨う何かがあるほどいい。そのような彷徨いはツアー旅行では得られない。行くまでの彷徨いが大事だ。
一緒に行ったのは建築家の友人で、総勢4名。同じ志を持った建築家との旅は楽しい。
8泊9日のレンタカーでの旅。前の席に二人、後ろの席に二人で、車中でも話が弾んだ。そしてできるだけ旅の偶然性も受けいれようと、主要な見学先と夜の宿泊先の町を大雑把に決め、途中に思いかけずに良いところがあれば、車を止める。食べるところ、飲むところ、泊まるところも行った先々で探す…。
フランス全土の地図の中の行くべき場所は決まっているが、車で旅することになると詳しい地図が必要になる。まだカーナビがないころだったから、ミシュランの地図と、ミシュランのグリーンガイドブックがよりどころとなった。
このミシュランの地図とグリーンガイドブックは関連付けられていて、車での大きな移動は地図で、目的の町に着いたらグリーンガイドにスムースに移行でき、街の概要や、見るべき建物の場所、解説が丁寧に書いてある。この地図とガイドブックさえあれば地球上の目指すところに正確無比に、確実に到達できるようになっていて、さすが、デカルトの3次元グラフを生み出した国、と思わずにいられないものだ。
今はカーナビがあるから地図の必要性は薄れたが、グリーンガイドブックは今でも最もすぐれたガイドブックだ。どこかの国の「地球の○○○」とは比べ物にならない知的レベルの高さがある。恐らく何人もの学芸員の手になったものだろう。
フランス (ミシュラン・グリーンガイド) ペーパーバック
残念なことに次の本は現在古本しかないが、古本でも求める人は多い。
プロヴァンス 全改訂版 (ミシュラン・グリーンガイド) ペーパーバック
ル・トロネ
前置きが長くなったが、パリからニースへ飛ぶ。
ニース・コートダジュール空港でレンタカーを借り、西に向け高速道路を走り始める。左下(地中海側に)、見るからにリッチそうな雰囲気が漂う世界有数のリゾート地であるニース、カンヌの海岸や街が通り過ぎる。だが、無視。
我々は、ロマネスクを見に行くのだ‼とばかりに、高速道路をひた走る。
最初に目指す建物は建築家の間では有名なル・トロネ修道院だ。
何故この建物が有名かと言えば、ル・コルビュジェが彼の代表作の一つであるラツーレット修道院を設計するにあたり、参考にしたことからだが、僕にとってはもう一つ、フェルナンド・プイヨンという人が書いた、「粗い石」という本を読んだことにもよる。
「粗い石」はル・トロネを建てた工事監督の日記という形で書かれている。修道士でもある建築家が建設を行うにあたり、今の私たちと同じように技術や予算などと格闘し、さまざまな矛盾によって精神的苦悩にさいなまれることなど、中世の建築を身近に感じることができる。建築の名著の一つ。
ミシュランを頼りに、ニースから西へ180Kmくらい離れたところに私たちが目指すLe Tholonet(ル・トロネ)がある。
Le Tholonetに着きいよいよ、ル・トロネ修道院を見ることができると、ワクワクしながら探すのだが、なかなか見つからない。
村の人に、Abbaye!Abbaye!(修道院)と言って尋ねたが、指さしてくれる建物は写真で知るトロネとはとても似つかないもの。
何処を見回しても写真で見たトロネがない!ミシュランで来たのに、何故ない?不安感がモウモウと立ち上がる。誰もフランス語ができない私たちのグループ。
もう一度地図をよく見たら、このLe Tholonetと出発したニースとの間に、Le Thoronetがある。なんとlとrを間違っていたのだ!!!
また高速道路をニース方面に引き返す。東京から三島あたりまで引き返すことになった。
Le Thoronetに着いたときには午後も遅くなっていた。ヨーロッパの夏の日暮れは遅いと言っても、もう薄暗くなり始めた頃だった。
でもいいこともある。おかげで観光客もほとんどいなく、静か。ひっそりとして我々が貸し切ったようなものだった。我々4人は静謐なル・トロネの世界に包まれた。
旅はそんなものだ。
ロマネスク建築の素晴らしい写真集です。
石と光 シトーのロマネスク聖堂
田沼武写真集ロマネスク古寺巡礼
次回「フランス、シトー派修道院、その3」へと旅は続きます。